「残念でしたぁ、あなた、騙されちゃったの!」
後を引く狂気じみた笑い声と共に発される銃声に、少女は飲み込めない絶望感を吐き出すように呼吸をするしかなかった。
血しぶきが彼女の頬や体中を濡らし、神聖な聖堂そのものを汚すようにねっとりとした空気が辺りを舞う。
今や血の海の中にひれ伏している尼僧の哀れな遺体がその生きてきた歳月を思わせるが如く、肉感が無くなり萎むように骨へと化していく。
まるで果てしない時の中にたった一人置き去りにされたかのような空虚感と怯えが少女を襲う。
手のひらに染み付いた血の感覚が消えず、呻くように彼女は尼僧の暖かい血だまりの中に倒れこんだ。
永遠ともいえる静寂が彼女を包み込もうとした時、その静寂を破ろうとするようにゆっくりと歩み寄ってくるものがある。
彼女が顔を上げれば、そこには彼女よりもやや年上くらいの若い女が立っていた。状況の説明や保身すら忘れて、少女は女に魅入っていた。
鋭利な刃物を思わせる剃刀色の髪を肩で揺らしながら、美しい皮のブーツの爪先が血で汚れることも厭わずに彼女は静かに呟いた。
「あぁ・・・死んでしまったのね」
深い悲しみすらも漂わせる声とは裏腹に、表情には少しも哀しむようなそぶりは見られなかった。
その赫い視線が、少女をふと見据えたとき、先手を打つようにして女は云う。
「最初に言っておくけど、私にギアスは利かないわ。お嬢さん」
「あなた、誰!?」
今まさに、この光景を女に忘れさせるべく、不本意ながらギアスをかけようとしていた少女は飛びのくようにして呟いた。
その呟きに答えるように女は腕を振りながら、祭壇にあった赤い布を少女に投げて寄越した。
血のついた身体を隠すようにという意味なのだろう。素直に布を受け取りながら、少女は女の答えを待った。
「私が誰か・・・、それは良い質問だわ。ある人はこう云うわ。生きる術を変える力を与えた者、永遠を歩く者。魔女。不死の力を持つ者。観察者。預言者。私にはどれも正当な呼び名ではないけれど、ある者は私をギアスの系譜を持つ者と呼ぶ」
「ギアスの系譜を持つ者・・・シスターと一緒?」
「その女に、力を与えたのは私よ。望まれれば、与えてきたわ・・・けれども皆、力に酔って破滅した。あなたもそうなの?」
柔らかな声音が、永遠を刻むようにしてゆったりと響く。問いかけられた少女はもどかしそうに首を縦に振った。
女はその返答を見て落胆したように吐息を洩らしながら、絶望の色をして燦然と輝くステンドグラスを眺めながら囁いた。
「お嬢さん。あなたがこの力を使いたくないと思うのならば、断ち切る方法が一つだけあるわ。永遠を歩むコードを不本意であろうとも彼女から手にしたという事は、今度はあなたがそれを渡す相手を探さなければならない。わかるわね?」
「・・・どういうことか、わからない」
「この世の者であることと縁を切り永劫の中に生きるか、コードを手渡す相手を探し出し永遠を断ち切るか」
「あなたは、私にどうしろって?」
「お嬢さん、私は選択肢を提示しただけよ」
聖歌のようなすべらかな声が聖堂の中に木霊し、少女の魂に刻み付ける。涙を堪えるようにして俯いた彼女の顔を覗きこむようにして、
女のなめらかな白い指先が俯いた少女の顎をそっと掬い上げ、柔らかく持ち上げる。
「選ぶのは、あなただわ」
Eli, Eli, lamma sabacthani
( 我が神 我が神 なぜ、わたしをお見捨てになられたのですか! )
20080930@原稿完成 →
20081122@原稿改訂