遊ばれてるんだ。と思った。
子供がお気に入りの玩具を振り回したり、年頃の学生が対して知りもしない相手とはしゃいでいるような、そんな程度の仲だと思っていた。私と彼とは。他人を自分のペースに巻き込むのが得意なディーノは、一方で自分の世界に他人を立ち入らせない天才だった。他人に自分の領分を悟らせない。つまりは要領がいいとでもいうのだろうか。そんな彼は、傍目から見たらとてもスマートだけれど、たった一人で荒野の中に立っているような孤高の人だと私は思う。マイペースとでもいうのだろうか。もしかしたら、私以外に一緒にいた人のうちの誰かには、自分自身の世界に足を踏み入れることを赦したのかもしれない。私には、よくわからない。けれど、彼が私のことをそういう対象に見ていないのだと、そう思うには十分な要素が彼の中にはあった。彼は常に、自分の領域の中で自分の作り上げたルールだけで他人と触れ合っているように見えた。綱渡りのような危うい振る舞いは私の知らない誰かに対しても、いつも近くて遠かった。なぜだろうと思う前に、もう確信していた。彼はただ数千人という人の命を背負う組織の長だというせいで、彼は誰に寄りかかることもないということも。誰にも自分を悟らせないように、キスをするのもさせるのも、抱擁するのもさせるのも、いつも突拍子もなく突然で、私は今でもそのペースに慣れないで居る。路地裏の猫のように気まぐれで、気がついたら部屋にいるような彼だ。それでも、キスも抱擁も、身体だって許してしまうのは、不本意なことに私が彼のことをどうしようもなく好きだからだ。部屋の中で一人、ソファの上で寛ぎながら煙草を吸えばどうしようもなく痛む身体よりも、心の方がどこかひりついている。「愛してるぜ」というあの身も蓋もない言葉に何度嫌悪したことだろう。なのに心はそれとは反対の位置にいる。拒もうとしてもなぜか受け入れてしまう私は、なぜか彼に惹かれてしまうこの腹立たしさをなんとかやり過ごしたくて仕方がない。その苛立ちの理由はただひとつだ。私ばかりが彼を好きで、彼が私を好きだという確証はどこにもないということだった。だから私はいつも、流されている振りをしつづけるしかないのだ。あの貪るようなキスも、ただ甘いだけの言葉も、セックスもすべて彼に強要されたものだとして割り切るしかない。こんなにも近くにいて、身体を触れ合わせることはできるのに、遠くに行っても繋がる心を持つことはできない。なんて不毛なんだろう。こんな関係が、いつまでも続くのか、それとも終止符が打たれるのか、私にはまったくわからなかった。けれども、少なくとも、私の怯えたようなこの不安は、一瞬にして覆された。たった一回の。彼とのキスによって。もちろんキスなんて、今までしなかったわけじゃない。触れる程度のものから、それこそ舌を絡めるような深いものまで数え切れないくらいやっていた。ただ、そのキスだけ違った。そう思うのは私の錯覚かもしれないけれど、私は確かにその瞬間に今まで感じたことのない安堵感を得たのだ。

いつものように、ソファの上で煙草を吸って、消し忘れた火のことなどすっかり忘れて、火のついたままの煙草を灰皿に放置したまま、ソファの上で目を閉じたまま横になっていた時のことだった。それからどれだけ眠っていたのかは定かではなかったけれど、ふと微かな物音にぼんやりとした意識が浮上した。頭の中が鈍化していて、まだ夢現だったがすぐに起き上がらなかったのはそうしようとした瞬間に頭の天辺を撫でられたからだ。髪を滑るように撫でる指先には確かな熱があった。すぐにそれがディーノだとわかったのは、幾度か指先が行き来した末に、まるで呼びかけるように私の名前をディーノの声が呼んだからだ。「」と私の名前を呼びながら、返事が返ってこないことを確かめるように間を取る。今度は彼はゆっくりと、私の髪を撫でる。まるで、髪の感触を味わうかのようにゆっくりと梳かしていく。時折、首筋に触れる指先の感触に声を上げそうになったけれど、起き上がる事はなかった。それはきっと、彼があまりにも優しい手つきで私の髪を撫でたからだったこともあるし、こんなに優しく私に触れる彼のことを私は知らなかったから、もっと味わっていたいと思ったからかもしれない。まるで私の心の声に応えるかのように彼の手は動きを止めなかった。漸くその手が離れたとき、私は寝入ったふりをし続けることに疲れて、酷く緊張していた。手が離れてしまったことに落胆しつつも、これ以上緊張を押し隠すこともできそうになかっただけに私は安堵していた。そして、その安堵に重ねるように、彼はまた囁いた。「」と。それはもう、呼びかけではなくただ呟いて噛み締めるようなささやきだった。伸びてきた腕が優しく首筋を撫で、見えざる感触が唇に触れる。思わず顔を上げて応えてしまいそうになる。ただ投げ出した腕を振り上げてディーノを抱きしめてしまいたかった。そんなことができればどれだけよかったか。けれども、目を開いたらディーノは辞めてしまうような気がした。そして彼は、耳を澄ませなければ拾えないほどの声で小さく呟いたのだった。こんなに切なく、寂しい愛情の注がれ方をされたのは初めてだった。嗚咽を漏らさないように、私はそっと唇を噛みしめた。同意するように、小さく呟く。


― 私もよ、ディーノ。どうしようもなく、愛してるの。


と。










Blue

( どうしてこんなにも 愛は泣いているんだろう )


















20090503@原稿完成