冷え切った夜道は思ったよりも指先に染みて、誕生日に貰った手袋が意外なほどに重宝した。年がら年中スポーツをしていた俺としてはこんな寒さなんて、意に介さない程のものだったけれど、高校を卒業してからは今更のように堪える。これが年を取ったってことなのかもしれないけど、それは少し違うんじゃないかと思う。あの頃は、一人でこうやって歩くことが少なくて、絶対と言っていいほどに誰かの隣で明るく話をしていた気がする。一人だから、寒いなんて感じるのかな。と俺はマフラーに口元をうずめながら、ゆっくりと息を吐いた。マフラーの元に籠る熱は、頬までをしっとりと温めるけれど、さすがにそう長続きする温かさではなかった。大学に入って一人暮らしを始めて、バイトが終わってこうやって一人でとぼとぼマンションに戻るだなんてあの頃は想像もしていなかったけど、想像もしていないことは他にもいくらでもある。こんなに淡々と、物事を考える日が来るだなんて思ってもいなかったし、家族で一緒にいることがもう当たり前になってた俺としては、兄ちゃんや姉ちゃんが結婚して、子供ができて、家を出て・・・もしくは一緒に暮らして、なんてこと考えていなかった。部活ばかりやってて、クラスの連中とバカやって一日が過ぎ去っていくことが当たり前で、そういう純粋さを、俺はどこかに置いてきてしまったんだろうか。こうやって、自分の足跡を一人になった時に考え始めると、俺はこれから自分がどこに向かって歩くのか、だとかそんな途方もないことをふと考え込んでしまう。どこに行くかなんて、誰もがよくわかっていないことをわかろうとするなんて、俺は今きっとどうかしてるんだろうな。
「・・・あれ?」
いつものように、マンションの部屋を開けると、珍しく玄関に明かりがついていて、見慣れたヒールの靴がそこにある。確かに、合鍵を渡してるからいつだって来るだろうし、それはいつでもここに来ていいっていう合図なのは確かだけどいつも俺に遠慮してるのか、の奴が俺の部屋に来ることなんて滅多にない。恋人同士なのに、滅多に我儘を云わないし、それを恥ずかしいと思っているのかデートだって最近はからっきしだ。キスとかその先は、まぁあるっちゃあるけど、それも滅多にない。むしろ殆どない。そうというのも、恋人という関係になってから、こいつはどこか俺に対して一歩引くようになった。それはあくまで人間関係の距離的な意味でだ。友達だった時はお互いに一歩引くどころかもっと近い位置にいたような気がして、この関係になって本当に正解だったのか俺は少し考えているときがある。でも、こうなるにしても、ならないにしても、俺はたぶんを好きだって感情を変えることはないし、それが変わることもないだろう。
「? 来てんのかー?」
玄関を抜けてリビングに続く廊下を歩いているところで軽く声を上げると、返事の代わりに眠たげな吐息が部屋でする。わざとなのか、どうかしたのか、少し早足で歩みを進めると、ソファーに横たわってが寝ているのがわかった。目を閉じて、安心しきったように寝ている姿はまるで気まぐれな猫みたいで可愛い。悪戯に頬を軽く抓ってやると小さく声を上げながら寝がえりをうった。
「・・・寝ちったか」
穏やかな願いを見てしまうと、こっちの悪戯心も引っこんでしまい、俺はとりあえずの傍らから立ち上がって一旦部屋に戻ると、コートを脱いでハンガーにかけ、いつもの部屋着に戻る。洗濯物を洗濯機に入れたりと適当な用事を済ませると、ふと冷蔵庫の横に見覚えのない袋が並んでいるのを見つけてそっとしゃがみこむ。何か作ろうとしてくれていたのか、置き去りにされた野菜たちに思わず笑みが零れ落ちる。見れば、下準備された食材が台所の上に丁寧に小分けにされている。バイトの後、疲れて何も食べずにベッドに入る俺を知っているから、はきっと何か、作ろうとしてくれていたらしく、俺がいつ帰ってくるのかわからず待ちくたびれて寝てしまったのだろう。あくまで想像の範囲内でしかないのだけど、俺のこと考えてくれてるんだなと思うだけで、不思議と笑みが零れ落ちる。しっかりとバットの上に小分けされた食材にラップをかけて一旦冷蔵庫に収めると、残りの野菜たちもとりあえず冷蔵庫に仕舞う。その間、がどうしてるのか少し伺いながら、部屋から用の毛布を持ち出し、そっと身体の上にかけてやる。ベッドまで運ぶか、どうするか考えたが、あまりに気持ちよさそうに寝ているものだから運び出すのを躊躇われて、寄り添うように腰を下ろしながら、手持無沙汰に髪を撫でる。とは友達としての付き合いが長かったせいか一緒にいて気が楽だ。恰好悪いところを見られまくっている所為もある。変に格好つけなくても、は俺がどういう人間か知ってくれている。だとしたら俺はどうだろう。のことをちゃんと見れているんだろうか。だけど、普通の女子って、友達には結構いい顔するもんなんだろうか。いい顔っていうと語弊があるけど、それこそ友達同士の付き合いでは格好悪いところを見せないように振舞うんだろうか。それとも、友達だった俺と彼氏になった俺じゃ、関係な位置づけが違うから意識するとか?
ふとの顔を覗き込むと、小さく呻いてまたゆっくりと吐息を零すのが目に入る。
「―・・・どんな夢見てんだか」
友達から恋人になって、何も変わらないと思っていたものが突然変わり始めてしまったことに正直俺もこいつも戸惑っていたんだろうか。別に、から距離をおきはじめたわけじゃなくて、どうやって距離をとればいいのかわからなかったのは多分俺も一緒だった。ここのところ妥協することが多くてどうも流動的になりすぎていて、能動的に生きていたことをすっかり忘れていた。挙げればそれこそきりがないけれど、俺とは性別も、考えも、生活に対するスタイルも、人との付き合い方も、優先事項も全然違う。それは当たり前のことながら、傍にいてどんなに感化されることはあっても所詮俺たちは違う個体だということを意味している。でも俺はそれでいいと思う。当たり前のことながら、こうやって一緒にいられるのがでよかったんだって、今更ながら思う。ダメだな俺、おチビの言葉を借りるわけじゃないけど、まだまだじゃん。上澄みばっかで、ちゃんとわかってなかったんだな。今日の夜は終わってしまうから、明日はもっとこのもどかしい距離を縮められるように頑張ってみるよ。
Unnoticed
Love
20090206@原稿完成