懐かしい筆跡で同窓会の知らせが飛び込んできた。
高校卒業とほぼ同時にするクラスも多かったようだが、殆どの面子が大学部へと進学したこともあって、僕のクラスは同窓会をしようとする動きは希薄だった。ただ、大学部に進学せずに外部の大学を受けてそちらへと進路を変えた人も勿論何人かはいるわけで、お酒を合法的に飲める年頃になったところで、そんな彼らとまた会いたいという話が浮上して有志で集まった幹事が数人で同窓会をするという計画を練り出したらしい。この辺りは僕も詳しくは知らないけれど、いつだって騒ぎの渦中にいる友人である菊丸英二がサークルの集まりで会う毎にそういった話をしてくれるのだ。
「不二だって会いたい奴くらいいるだろ?」
「会いたい人か・・・英二は?」
「俺? うーん・・・外部に行っちゃった奴に近況聞いたりしたいかもなぁ。合コンやってもらったりとか」
「ふふっ、なんとも英二らしいね」
ビールの瓶を傾けながらそう言って白い歯を覗かせた友人の言葉に、僕はという同級生を思い出す。彼女は大きく目立つような派手な存在感を発揮しているわけでもなければ、影の薄い生徒というわけでもなかった。どちらかといえば僕の中での彼女といえば、褪めているのとはまた違うのだけれど、どこか一線を引いたような眼差しで周囲を見ているような印象があった。正直あまり話したこともなければ、進んで交流を持とうとかしたこともなかった。彼女自身がそういったことをあまり好まなかったということも起因していたかもしれない。あの年頃は他人からの印象を気にしたがるということもあって、僕は周囲に当たり障りなく接してきた。それが功を奏したのかはわからないけれど、結構もてた方だとは思う。テニスにも変わらず情熱を傾けて、時折彼女もいたし、それなりに楽しくやっていた。楽しくやってはいたけれども、それでも何故か僕はという女子生徒が気になったのだ。最初は一線引いた態度だとかに格好つけているだけなのだと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしかった。きっかけというのは簡単だった。彼女が年上の見知らぬ男と歩いているのを見たというだけなのだ。それは父親というカテゴリーでも兄弟というカテゴリーでもない雰囲気の人間もので、この二人は付き合っているんだなということがすぐにわかった。教室では浅い溜息をついたりだとか、いかにも退屈ですという表情しか見た事がなかったので、彼女が微笑っているというのは失礼ながら予想外だった。そう、たったそれだけのことなのにあまりの意外さに言葉を失ってしまったのを覚えている。普通の高校生とはまた違った視点の世界を一足早く見ていて今の現実に辟易していたんだと納得すれば、不意に彼女に興味が湧いた。興味が湧いてから、恋をするまでは簡単だった。校則に引っかからない程度に染めた髪を撫でる仕草や指先に思わず目がいってしまう。先細りの指と丁寧に整えられた爪は彼女の細やかな部分を感じさせてとても綺麗だったこともすぐに思い出せる。あまり日に当たっていない程度に白く細い手首にはシルバーのチェーンが彩っていることも知っていた。それが誰からの贈り物であるかということもすぐに見当がついた。指輪は禁止されていたからだろう。気づいたら目で追っていて、不自然なまでに胸が高鳴る。それが恋だと気づくまでに時間はかからなかったけれども、想いを告げたらいいのかということには延々と悩み続け、ついにはタイミングを逃してしまった。大学部にきっと進学するのだろうと高をくくっていただけあって、卒業間近の登校日には衝撃を受けた。センター試験の結果次第だとか、一般受験に使う内申書の量などを担任と話しているところを目撃してしまい、相当な打撃だった。人づてに聞けば、本命の試験は卒業式の日と同時なのだという。卒業式には現れなかったけれども、引退した後の部活への顔だしなんかをしている時に見かけた彼女の顔はあまりにも晴れやかだった。恐らく卒業証書を取りにやってきたのだろう。やっと足枷が外れたとでもいうような雰囲気にまたもや、とんでもない打撃を喰らったのだった。そうして僕は、青春の短い時間を使った恋を恋した相手に告げることなく卒業してしまったのだ。我ながらばかばかしいことだった。チャンスさえあれば、もう一度うまくやりたいとは思っているけれど、そんなチャンスは巡ってくるのかは万に一もないだろう。
「僕も、会いたい人はいるけど・・・来るのかわからないなぁ」
きっと英二は詮索するんじゃないかと思ったけれど、意外にもその話に嘴を突っ込むことはなかった。有難いことだったけれど、英二が先に大人になったような気がして、僕としては少し面白くない。ところが英二は僕が思っているよりも敏感に物事を見ていて―それは考えと言うよりも感性に近いだろうけど―とんでもない事を言い出した。
「不二ってさ、のこと好きだっただろ?」
「は?」
「あっ、違った? 俺の勘違いか」
つまらないとばかりに溜息を洩らして出されていたサラダに黙々とありつく英二の姿に僕はただ驚くしかない。
「でもあいつ、今頃どうしてんだろうな。結婚してたりして」
「あー、結婚。彼女、随分大人びてたからね」
結婚、という言葉は思いの外僕を動揺させた。無理もない。未成年でなくなるということはそれが親の承諾なしに出来る年頃になるということだった。別に僕は今でも彼女を好きだとかしつこく思っているわけじゃないけれど、機会さえあったならきっと昔はそうだったんだとか適当な理由をつけて想いを告げるだろう。そんな事を黙々と考えている僕の耳に、またもや英二の口から衝撃の一言が発される。
「大人びてたっていうか、一年ダブってたんだよあいつ」
「えっ、そうなの?」
「なんか、クラスの女子が言ってた。留学してたんだってよ」
「そうか、だから・・・」
一人ごちて、彼女の態度だとかに妙に納得がいった。興味がないとかそういうのではない。ただ、馴染めなかったのだろう。これではクラス会に来る気配も希薄だろうなと落胆しているのだけれど、これはをすっぱり忘れろという天啓なのかもしれない。サークルの集まりだということもあって、そろそろ店を出る事になって二次会はどうするかと言っていたのだけれども、結局の所今日はお開きという形に収まって、僕らは大人しく家路につくということになった。お酒の席で言った事は結構記憶に残っていて、僕はさんのことについてまだ暫く考えていたのだけれど、結局答えは見えなかった。クラス会に行けば諦めもつくかもしれないと思い歩きなれた道を一人歩いていると、視界の先に蹲った影を見つけてぎょっとする。足が痛いのだろうか、綺麗なヒールの靴を押さえて俯いているけれど、髪はゆるやかに巻いてあるのがわかって別人かもしれないとわかっているのだけれど、まさか、まさか、と馬鹿みたいに期待している自分がいる。彼女はこちらに気づいていないようだけれど、ゆっくりと近づけば街灯で僅かながら顔の輪郭などがはっきりする。あぁ、見間違えるはずもない。彼女だ。と確信するより先に、以前よりもまた大人びた雰囲気にまた胸が小さく脈打つ。これはきっと、神様がくれたチャンスなのだと僕は瞬間心に決めて蹲っている彼女に視線を合わせるように腰を落とした。
「さん?」
問いかければ彼女は小さく返事をして、俯いていた顔を上げた。
その唇がはい、と音を刻んでくれるように願って。
Lookin' for you
( 新しい場所 新しい人とあなたはもう幸せなのか )
20080412@原稿完成