うっすらと明けていく視界の中でアイボリーの天井がちらついて、それが自分の部屋だと気づくまでは少しだけ時間がかかった。 縮めていた足を投げ出そうとして、そこがソファーだったと気づいた頃には間抜けな悲鳴を上げてソファーから派手に滑り落ちた。 身体に絡まっていた毛布のおかげで惨事は免れたものの、身体の節々が鈍い痛みを発している。 なんとか腕と身体を押し上げてソファーに戻り、鈍った頭で机の上を眺めると、 そこには持ち主を待ち望むかのようにぽつりと置き去りにされたライターと煙草がある。

―・・・そういえば、昨日は啓介が来てたんだっけ。

バイトから帰ってきたらもう家に上がってて・・・一緒にご飯食べて、それからはもう坂を転がるみたいに簡単で。 密室の中で男と女がすることっていったら数えるくらいしかすることがないわけで・・・例に漏れず私もその坂を転げ落ちたのだった。 けれど、こうやって一人で起き上がって、置き去りにされた恋人の持ち物を見ると、こみあげるものがある。 要するになんかむかつくのだ。不意に、私の手は置き去りにされた煙草に伸びていた。 私は喫煙者ではないのだけれど、美味しそうに煙草を吸う啓介の姿を思い描いたからかもしれない。 彼がやるように、煙草を取り出してライターで火をつける。 ライターを触るのはやっぱり怖くて手が少し震えたけれど、思ったよりもすぐに火がついた。 煙草を指の間に挟み、そのままフィルターを口元に持っていき、啓介がするように息を吸い込む。 全く美味しくない煙草の煙を肺に感じて、私は一人で咽た。 左手で口元を押さえて身体を丸めて。それでも火のついたそれと、灰を落とさないように右手に力を入れた。 多少涙目になりながら、再度煙草を口元に寄せる。唇が付く直前に、いつからそこにいたのか、背後から伸びた啓介の手によってそれは取り上げられた。 そしてその腕は、私から奪った煙草をそのまま自分の唇に持っていく。深く息を吸って、そして白く細い煙を吐き出した。 慣れきったその仕草に、私の心臓は少し五月蝿くなる。


「旨かったか?」

「どっちかって言われると、ぜんぜん美味しくない」

「まぁ、お前ガキだしな・・・んなもんだろ」


くつくつ笑って返す啓介は隣にどさっと腰を下ろして空いている方の手でぐしゃりと私の髪を乱す。 そのガキと寝たのはどこのどちら様でしたっけね、と胸の中で呟いて私はずり落ちていた毛布を拾い上げる。 そんな私の一連の動作を眺めていた啓介は、数回煙草を口元に運ぶと、手近にあった灰皿に押し付けた。 私は吐き出すよりも多く出る細い煙を眺めた。ただ天井に昇って消えていく煙。


「でも、悪くなかったよ・・・啓介の匂いがした」

「ばーか、お前・・・恥ずかしい事言ってんじゃねぇ」


返す言葉に詰まった啓介がもう一本煙草を吸いだす。 少し顔が赤いのはきっと気のせいじゃない。まったく、どっちがガキなんだか。 照れ隠しのように吸いかけの煙草を灰皿に押し付ける啓介に抱きつくと、無防備になった唇にそっと唇を触れ合わせた。 一瞬触れ合わせた唇からはやっぱり煙草の匂いがしたけれど、これが彼の匂いだと知れば少しは愛しくなるってものだ。


「大好き」

「だから、恥ずかしいこと平気で言ってんじゃねぇっての」

「別に二人しかいないんだから、恥ずかしがることもないでしょ?」

「ったく、にはかなわねぇよ」


いつの間にか煙草から離れた啓介の手は私の背中を抱きしめるように触れる。 荒っぽそうな外見からは想像も出来ないこういう所は意外にも育ちの良さを反映しているみたいで、きっとこんなこと、私しか知らないんだろう。 啓介の首元に鼻先を埋めると、やはりそこからは微かにコロンと煙草が入り混じったような独特の香り、私の大好きな香りがしていた。













aroma

( その香りの中に 飢えのようにあなたを感じる )







20080118@原稿完成
なぜだか・・・最近妙に高橋啓介(頭文字D)が気になる。