「ね、見て見て! もうすぐ日の出だよ」


俺のダウンジャケットの袖を引っ張りながらは珍しく興奮気味に囁いた。 初日の出を拝みたいなんて言うものだから陽が昇る前に峠まで車で繰り出して、休憩所のベンチに腰を下ろしながら俺達はうっすらと光を放ち始めた空を見上げる。 初日の出の何がありがたいんだか、と俺は一服しながら隣で指先をこすり合わせて暖をとるを見遣る。 正直、今まで何度かしてきた遠征やら練習やらで夜中からこうして峠まで繰り出して、 日の出なんて死ぬほど体験してる俺としては大してありがたみも湧かないわけだけど普通だったらここで楽しそうにしとくもんなのか。


「・・・あぁ、そうだな」

「テンション低いね・・・まぁ、啓介にはそれほど珍しくもないよね」

「まぁな。Dの遠征だとか、兄貴に連れられて峠走ったりする時よく見るしな」

「やんちゃしてた時代もね」

「うっせー」


確かに、日の出なんて兄貴やレッドサンズの奴らと走りこんで、気づけば朝だったなんて時に何べんも見てるし、俺としてはそんなにありがたいもんでもない。 だが、俺の言葉に納得したように小さく笑いながら、は空いている俺の左手を取る。 の手は想像していた以上に冷たく、そしてその冷たさはの指の細さを俺に意識させるには十分だった。 折れそうなほどに細く、そして頼りない指先を守るように、温めるようにゆっくりと絡めとる。 こういう時、いつも俺が車のことばっかりで全然一緒にいてやれないことに、不満を覚えてるんじゃないかとか、不安にさせてるんじゃないかとか、馬鹿みたいにこっちが不安定になる。


「なぁ、寒くないか?」

「まぁね、でも楽しいから」

「ばーか、痩せ我慢すんなって、こっち寄れよ」

「・・・変なこと考えてないでしょうね」

「考えるか!」


の手から身体ごと傍に引き寄せながら、俺達は休憩所のベンチで身体を寄せ合いながら明けはじめた東の空を見つめていた。 吐く息はまだ白く、凍てついた空気の中に小さな結晶となって消えていく。 暖かくなるにはまだ遠い時間の中で、は突然、俺の肩に額を寄せながら囁いた。


「ね、啓介ー」

「ん?」

「ううん、なんでもない」

「んだよ、気になんじゃねーかよ」

「あんまり、遠くに行かないでね」


小さく呟いたの声は、ほんのりと不安を滲ませていて暗い。 今年、いや去年はDとか色んなことで時間が潰れてなかなか会ってる暇がなかった。 暇がないと言ってるわりに会うには数回会ったが、それで妥協を決め込んで別れを切り出されなかったことが奇跡だったかもしれない。 兄貴にはそんなに付き合いのいい女なんてそういないとからかわれたもんだけど、本当にそうだ。 集中するとどうしても一本気になってなかなか周囲のことに目を向けていけないのは俺の悪い癖だけど、そんなこと知り尽くしてるとでもいうかのようには俺といてくれる。 繋いだ指先にゆっくりと息を吹きかけながら、俺はゆっくりとに向きなおった。


「行かねぇって、ここにいるだろ?」


な、と言い含めるようにに告げると、は嬉しそうに口元を綻ばせる。


「俺はきっとさ、じいさんになってもこうやってお前と日の出見てると思うけどな」

「嫌だ、何それプロポーズ?」

「なんだよ、悪いか?」


柄にもない言葉を言ったせいか背中が少しむずがゆくなる。 にしてみればそんなのお構いなしのようで、驚いたように切れ長の目を開きながらゆっくりと瞬きしたかと思うと、やがて満面の笑みをのぞかせた。 あぁ、やっぱこいつは笑ってる顔が一番だな、なんて馬鹿みたいに惚気ながら俺は握っている指先に少し力を込める。


「全然。すごい嬉しいよ・・・そう思っててくれて」

「おう」


素直に言われるとこっちまで照れる。誤魔化すようにフィルターから強い煙を吸い込んで、一呼吸置いてからゆっくりと吐き出す。 間延びするように冷たく研ぎ澄まされた空気の中に流れ込む白い煙は、互いの不安をかき消してくれるように散り散りに消えていく。


「ずっと、一緒にいれたらいいね」

「いれたら、じゃなくているんだよ」

「そうだね」










夜明け前

( 大好きだからずっと なんにも心配いらないよ )







20080101@原稿完成