最初に姿を見たときは、血の海の中に沈んでいるというのになんて美しい人なのだろうと感嘆した。 そんな不謹慎な感慨が心に巣食ったことをラクス・クラインは恥じたが、彼―はそんなことを歯牙にもかけない。 むしろ、良心が備わっていてまっとうに生きている証拠だと言って褒めそやすのだ。 そういった信念をもった真っ直ぐな生き方こそ彼女にとっての憧れだったが、彼は良心も信念すらもないという。 息をするように人を殺してきた中でそんなものはとうに捨ててきたのだと彼は言うのだ。 ならば、どうしてあなたは背筋を伸ばして私の前を立っているのですかと彼女は問いたかったがその問いが口をつくことはついぞなかった。 そんな問いをする以前に、彼女はどうして自分がこれほどまでに彼の事を気にかけるのか気づいてしまったからだ。 それは罪だった。どんな形であれ定められた婚約者がおり、いずれはその人物に総てを預けるというのに、心の底では彼を求めているのだ。 だが、不幸中の幸いだったことはと婚約者のアスランの二人ともが軍人だったことだ。
離れた地にいさえすれば、この恋もいつかは灰になってやがては消え去るだろう。 そうして時間が総てを解決してくれるとラクスは信じていたが、そんな思惟はあっけなく砕かれた。 父であるシーゲルが、を伴って邸に戻ってきたからだ。 兄妹のようなものだから、久しぶりに話でもしたらどうかという言葉に、二人は久しぶりに海の見える方角の庭へと歩みを進めることとなった。


さんは、お変わりなく過ごされていらっしゃいますか?」

「勿論。俺の事より、このごろのラクス嬢は元気がないとシーゲル様から伺っていたのですが」

「いいえ、そんなことは―・・・」


思わず言いよどんだラクスの様子にはそっと視線を絡めて彼女の指先をそっと手に取る。 労わるように指先を撫でるの指は、お世辞にも綺麗とは言い難い。 銃やモビルスーツを操ってきた経歴が示すとおり、指先は酷く強張っていて筋が張っている。けれどもそんな手がラクスはとても好きなのだ。


「ラクス嬢は、婚約がお決まりとか。その所為ですか?」

「相変わらず・・・わたくしのことはなんでもご存知なのですのね。すぐにばれてしまいますわ」

「はぐらかさないで、ラクス嬢。嫌ならば無理をすることはない」

「そんなことは出来ません、この結婚の意味くらいわたくしにだって理解できます」


そう言って力なく首を振るが、の手を振り解く事はしなかった。したくなかったのだ。 そんな思惑をわかっているのかいないのか、彼の強い眼差しがラクスの肌を焼く。


「ですが・・・さん、わたくしはとても怖いのです。昔してくださったように、抱きしめてくださいませんか?」

「あなたの頼みとあれば」

「いいえ、これは願いなのです」


はっきりと告げれば、は驚いたように切れ長の目を見開いたが、やがて柔らかな笑みを浮かべると、ラクスの腰を強く抱いた。 ワルツを踊っているような優雅さを想像していたラクスはあまりに情熱的な抱擁に息すら出来なくなりそうだった。 たとえ同情でも構わない。断られなかったことが救いだった。 零れそうになる涙を堪えての肩に顔を埋めれば、彼は優しく髪を撫でてくれる。 それだけで、もう十分だった。彼に唇を捧げることも、処女を捧げることも出来なくとも、今この心を捧げよう。 顔を覆いたくなる罪深さを嘆くことも、誰かに打ち明けることも赦されない。それは彼女がラクス・クラインだからだ。









聖処女

( こもりうたのような、あなたのこえ )








20080705@原稿完成