どれくらい歩いていたのだろう。霧に覆われた気の遠くなる道のりをただひたすらにこの足で歩き続けていた。 固い土の上に膝をついた僕は周囲の景色を見渡す力なんてどこにもない。今はただ擦り切れてぼろぼろになった足と、ただ己の口から獣のように吐き出される荒い息遣いと、掌に触れる土の冷たさを感じとるだけで精一杯だったからかもしれない。決して見つかるはずのない何かを狂ったように、求めるみたいに、探し続けているなんて。ほんとうに、ぼくらしくないことだ。乾いた嗤い声があたりにむなしく広がっていく。響き渡る。ああ、僕はまだここにいるのか。それにしてもほんとうにばからしい。何が欲しいかもわからないのに、何を必死なっている? この僕が? 望むことなんて、真の終焉ただひとつ。それだけでいいのに。それ以外に僕はいったい何を求めているんですかね。だれかおしえてほしい。求めたらこわれてしまう、われてしまう。ただでさえ、罅割れたこの心を贍うように、純粋なまでに洗礼された穢れたちが、毒か なにかのように、注ぎこまれ続けている。心に孕んだ穢れのかたまりは、うすい皮膜を突き破っていつかは僕の心を喰い破って、殺してしまうかもしれません。きっとそうです。ああ厭わしいことだ。僕にはそれを止める術がない。残念な事に止めようとも思わない。諦めている? いや、決してそれは違います。そう、きっとひとりでここにいることがこわいんだ。この昏い昏い昏い昏い昏い、果てしなく続くような霧の中を歩き続けるのが。いくら千種や犬をここに引きずり込もうとしたって、僕はそうはできない。彼らが望んだとしても、僕はそれをすることができない。なんていくじのないことだろう。僕はどんなに己の中から甘えや優しさを削ぎ落とそうとしても、最後には削ぎ落としたはずのいらないものたちが、身をもたげるようにして、かえってきてしまう。なんて愚かなのでしょう。冷酷になりきれないなんて、なんて愚かなのでしょう。冷酷になりきれない僕は甘ったれだ。ほんとうに、ほんとうに・・・。

むくろ、むくろ・・・

空耳かな。こんなにつめたい場所で、人の声が聞こえるなんて。そうですよね。そうに決まっています。だってこんな眩暈がするような場所に彼女は相応しくない。でもふしぎなことだ。案外悪くはないんですね。こういうことも、こういう こ と も



「骸!」



「・・・え?」


ここは・・・ああそうです。僕の家。僕に宛がわれたアパルトマンの一室。無意識に右目に手をやって、目の前で心配そうに僕の顔を見下ろすの視線にかちあう。あれは夢だったのだ。気味の悪い夢だったのだと、僕はやっとかすかな安堵感とともに納得する事ができた。安堵。一体何に対してのそれなのか、胸の奥がくすぶったような違和感でざわつく。よくわからないままに、彼女を見上げるしかできない。


「うなされてたけど。気分がわるいの?」


どうしたの。と聞かなかったことが彼女の優しさだった。僕はその優しさに、泣いてしまいそうだった。けれどそんなことには気づかないで―いや、気づかないふりをしてくれているのかもしれない―はそっと僕の額に手を当ててた。あたたかい掌はこちら側が現実なのだと伝えてくれる。


「いえ、夢をね・・・みていたんですよ」

「ゆめ?」

「そう、夢です。いやな夢だった、ような気がします」

「そっか・・・でもめずらしい。骸が夢の話するなんてこと滅多にないよね」

「僕だって人間です。そういう類の事だって口にしますよ」


にこりと笑みを浮かべて、は僕の額から手をそっと外してしまう。その寂しさに、思わずその手をとりもどすように、握り締めて身体を寄せる。安易に寂しさを埋めようとしているみたいに、さぞ僕は物欲しげなのでしょう。なんとでも言えばいい。僕は彼女が抱き返してくれる事が嬉しくて堪らないのだからそれでいいのだ。その体温と鼓動を感じれば、僕はあの悪夢を忘れられそうだった。自分がこんなにも人を求めていたなんてことが信じられない。また一人になると知っているから人との関係に距離をとるのに、また一人になると知っていても、きみを求めずにはいられないらしい。


「すき、ですよ」





Living Inside The Shell

( 暗くなって 寂しくなって 不安になった それでもあなたは耐えている )