横たわった寝台の天蓋の隙間から、果てしなく続く夕闇の姿が見える。夕闇の果てに譬え果てしない夜闇がすべてを覆い尽くしたとしても、その次には朝の訪れを告げるような柔らかな光が訪れる筈だ。冬薔薇が枯れ、春が訪れるように森羅万象すべてのものが廻りに廻っていくように、この生に終焉が来ればよいと思うのに、私にはそれが赦されない。物事に終わりはないと説いたのは誰だったのか。私だったのか。彼だったのか。それとも他の誰かだったのか。
今となってははっきりと思い出す術すらなく、私はこの世界に死んだように生き永らえ続けている。
心臓を一突きにされる以上の苦痛。修復しかけた傷を、また誰かが啄ばむようにして幾度も引きはがし、また新たな血を流すような残酷な生。
この未来を移す瞳のために、鳥籠のようなこの屋敷の中に囲われ、逃げ出す術も見つけられず淡々と未来を夢見ている。
過去のすべてを知る能力も持ち得ていたけれども、それはいつの間にか私の手をすり抜けて別の誰かへ転移してしまっていた。
私が目覚めたときには満たされていたはずの記憶がすっぽりと抜け去って、もうどこにも存在しない。
右側の目に手を充てると、鏡で見る限りはもう消え去ったものの、指先で触れれば目の淵にうっすらと隆起するような手術の痕がわかる。
私はやわらかく瞳を閉じて、その痕を指先でなぞる。未だはっきりと消えないその痕はまるで六道骸そのものだった。
今日のような雨の日には、いつまで経っても疵が痛むように目の奥がずきずきとするのだ。
それは私の錯覚にしかすぎないと思う。けれどもそう思わずにはいられないほど、彼は私の心や体の総てに消えない痕を残して去った。
いや、違う。彼が去ったのではなく、私が彼を去ったと言う方が正しいのかもしれない。彼ならきっとそう言うだろう。
けれど本当は、去りがたいほどに私たちは見えない糸で繋がっている。私は失った物をいまでも取り戻せず、彼は手にした力の在りかを知りたがっている。
意図せずして、彼は総てを私から引き受け、私は総てを彼に引渡し、私たちは一つのものを互いに交換していた。
それが何なのか、彼は初めから知っていたけれど、私ももう気づいている。私がすべてを元に戻すことが出来ないのは、彼が存在しているからだと。
そして彼も、総てを手放すことが出来ないのは、私が存在しているからなのだと、知っているはずだ。
逃れられたくても、逃れられないそれがこの能力の行きつく先。私のように拒むものは、死んだ抜け殻のようにしかこの世の淵で生きられない。
とはいっても、風の噂によれば、彼はあの能力を思う存分、好きな事に使っているらしいけれど。
・・・正直、私と彼に絡まった複雑な糸に気づくまでに十年近くの時間を要してしまった。何せ、昔は右目と共に巡り巡った記憶のすべてを失っていて私は命を守るのに精一杯で、他の事に手が回らなかった。
記憶を取り戻したいと思うよりも、命だけ抱えて生きることの方が重要だったのだ。
あの頃の私の中には、命が最も重要なものなのだという思いが根を張ったように息づいていた。
けれど今はどうだろう、それほどこの世界に未練はないように感じる。
生きていても、薄汚れた屋敷の中で未来を見るためだけに閉じ込められたまま、永遠に夢の中に生き続けるだけだ。
絶望の中に生きながらえ、死ぬ術すら見つけられない愚かな自分を恥じるように、私はゆっくりと瞳を閉じる。
消え入りたいような静けさの中で、堪え切れずに瞳から零れ落ちた涙をそっと拭う手がすぐ側に近づいているとも知らずに。
RED EYES DUST
( この瞳は贖罪の記憶 我らは暗闇の裡に追放された者 )
20081009@原稿完成
また変換が・・・ない!そしてわかりにくい話の解説。骸の持っているあの赤い眼はもともとヒロインのもので彼女は六道を旅した記憶を喪い、骸がその能力を受け継いだという流れ。ちなみにヒロインの残った方の目では未来を見ることができるという無理やり設定。