惑星軌道を
遥かに逸れた宇宙の片隅に二機の機体は寄り添うようにして濃紺の宇宙空間に漂っていた。
一機は損傷すら見られないほどに淡い光沢を放っていたが、もう一機は手の施しようのないほどに大破していた。
淡い光沢を放つ一機であるスターゲイザーのコックピットは、戦闘機のコックピットとは思えないほどに広く、
大の大人が三人ほど入ってもまだ余裕があるほどにゆったりとしたスペースがある。
それはスターゲイザーがもともとは、戦闘のためではなく、天体観測のスペースシップを兼ねた機体であるからかもしれない。
作業用の機体の進化版ともいうべきか、太陽光に近づいたとしても離脱できるほどの推進力を備えているために戦闘機としての転用が考えられたこともうなづける。
「なぜ、助けた?」
厚手の毛布をかけられたまま身体を固定するようにしてシートベルトをされた男―ラウ・ル・クルーゼは目の前にある若い女の顔を見て呻いた。
若い女――はパイロットスーツの手袋を手首から取り去りながら、宇宙空間から彼を引っ張ってきたためか冷たい指先を彼の変質した頬に宛がいながらゆっくりとその皺をなぞった。
愛しいものを見るような安らかな顔つきで、彼女はゆっくりと彼と視線を合わせた。
彼女の翡翠のそれと瞳を合わせることがもどかしいとばかりに、彼はその硝子のように青い瞳をゆっくりと細めた。
彼女の瞳は、魂の奥をゆさぶるようにまっすぐで、彼にはそれが酷く心地が悪い。まるで自分の穢れを突き付けられているかのような気さえするからだ。
「あたしは軍人じゃないし、当然のことだと思わない?」
「金星まで飛ばされた男をわざわざ?」
嫌味っぽく釣り上げた割には語気には覇気がなかったが、彼女はそれが彼の照れ隠しだと知っていた。
次の言葉を待つように、男の指先を包み込むと、その疲れを労わるようにしてゆっくりと指先に口づけた。
彼は誰にも明かさなかった真意を語るかのようにして彼女に語りかけた。
「私はどこまでも人だったよ・・・覆すことはできなかった」
「わかったら、十分なんじゃない?」
「、傍にいてくれ。もう手遅れかもしれないが・・・」
乞うようにして囁く男をはただじっと見つめていた。
その言葉が人を巧みに操ってきたことを彼女は見てきたが、彼女へ贈られる言葉にはいつも真意があった。
ザフトに所属すると言った、ただの一回を除いては。だから彼女は慎重にその言葉の真意を探ろうとしたのだろう。
暫くの間黙り込んだ彼女の姿に、彼の思考は諦めの一色に染まる。ついてきてくれると、この関係性に甘んじていたのかもしれないと、少なからず彼は自分を恥じた。
これではあまりにも都合がよすぎる、ゆっくりと閉じた瞼の上にそっとやわらかく触れるものがある。
「手遅れなんてことはないわ。待ちくたびれちゃっただけよ」
「それはすまない。余命幾許もない命だが・・・」
「そんなこと、気にしない」
「今度こそ誓うよ。他の誰でもない、君に」
待ちわびるようにして、はそっと瞳を閉じた。
彼は疲弊しきっており、その言葉どおり余命が幾許もないということを彼女も知っていたが、もう迷うことはなかった。
ただなんとなく朝起きた時に同じシーツで寝ているように幸福を分け合えばいいし、互いに誓い合った言葉を体現すればいい。
二人に遺される時間が少なくても、夢見る時間は必要だった。はそっとラウの腕を捲ると、彼の腕に、傍にあった薬剤を打った。
小さな痛みと共に、全身を水に浸すような心地よさが体中に広がった。も同じように自分の腕に針を刺す。
ぼんやりするラウの意識の中でですら、はっきりとの声が響いた。
「惑星の周軌道に合わせて地球に戻るわ。空気圧が保つのは二週間分。それまで強制的なコールドスリープに入るけど、スターゲイザーを私の仲間が見つけてくれれば・・・」
言葉は急に途切れた、今しにも彼が意識を失おうとするのを察知してか、彼女は説明を途切れさせ、彼の頬に唇を寄せながら陶酔したような声音で囁く。
「あいしているわ、ラウ」
Won't go home without
you...
20081121@原稿改訂