さんお客さん見えてますけど・・・どうします?」

「え、ごめん。待たせといてくれない? ちょっと話したらすぐ行くから」


下着同然のドレスに安っぽいフェイクファーのジャケットを羽織ったは重い扉を身体を押しあてて開く、 煙草と携帯電話を握りしめたまま店内の喧騒をすり抜けて裏路地へと飛び出した。 「One more chance」と書かれた黒地にピンクの字が目に飛び込んできたが、彼女は階段の横でそろそろ味のしなくなった煙を咥えながら電話を切った。 店員に話してくると言ったのは真っ赤な嘘で、本来の用件ならとうに終わっていた。部屋にいるより、ただ一人になりたかった。 誰もが優しく接してくれるぬるく暖かい店内にいるより、震えあがるほど寒くとも独りになれる店の外の方が良かった。 寒さを我慢しながら、彼女は左手でうまくライターを弄れず、苛立ちながら口元に咥えた煙草を噛んでいると、そこに既に火のついたライターがゆっくりと押しあてられる。


「ほら、」

「なんでここ知ってるの? リボーン」


いつもは銃爪を絞る先細りの長い指がライターを挟んでいるのを見て、彼女は確信を持って相手に囁いた。 肩に乗せた彼の相棒のレオンが窺うようにして舌を出す。 その上、丈の長いマフラーをして仕立てのいいコートなんかを着ている彼はこの場には不釣り合いだったということもある。 彼は彼女の格好に目のやり場に困った風に眉を寄せてから、彼女の顔を覆っている無駄に派手な化粧を叩いた。


「それ何重に塗ってんだ。原型わかんねーぞ」

「わかんなくしてんのよ。で、なんでいるの?」

「お前なぁ・・・」


彼は呆れたように溜息をつきながらと視線を合わせるように背を屈ませ、いつものように不敵に笑う。


「自分の女の居場所ぐらい、わかってなくてどうすんだよ」

「まぁ、どうせボンゴレの誰かから聞いたんでしょ」

「口の減らねぇ奴だな」

「あら失礼」


煙草を吸いながら小さくため息をついて思い出したように、リボーンの顔を見た。 アートの施された爪先で軽く煙草の吸い口を弄いながら、明日の天気でも訊くかのような口調で問いかける。


「あっ、そうだ。で、結局どうなったの?」


どうなったの、とはボンゴレの間で騒がれていた香港を根城にしているマフィアとの折り合いについてである。 イタリアにも手を伸ばし始めて武器を売りさばかれては困るというのがボンゴレの意向であったのだが、それが話し合いによって果たされたとは考えにくい。 どこかで決着をつけたことはこうして、裏の世界の人間と関わりを持つ以上、の耳にまで入ってきている。


「勝ったぞ。じゃなきゃここに来れねぇだろ」

「確かに、じゃあ普通に会いに来てくれたんだ?」


若い子は律儀ねぇ、と自分もさして年齢も変わらないだろうに、むしろ彼女の方が下であるだろうには口の端を上げて笑った。会いに来てくれたということに関してはリボーン は否定をすることがなかった。無理にでも茶化してくれればいいのに、こういう時は妙に律儀なのだから照れてしまうがそれを隠そうとは思わなかった。 笑えば・・・煙草を吸っているためか、お世辞にも白いとは言い難い歯が、媚びることもなく薄桃色の唇の間から覗く。 は口元にフィルターを押しあてながら、ゆっくりと喉の奥に煙を招き入れる。 柔らかな煙は痺れるように身体に響いて、それから呼気と共に吐き出した。寒い夜に、優しくゆたう煙に目を細めながら彼女は小さく呟いた。


「なんかリボーンの顔見たら、ほっとして疲れちゃったわ」


ほっとしたことは事実だった。緊張の糸が切れ、程よく気持ちがゆたっている。だがリボーンはそんなに鋭く指摘した。


「よく言うぜ。仕事に疲れてんじゃねぇのか?」

「そんなことないと思うけど・・・まぁそろそろ潮時かなって思う時はあるかな」

「そうか、新しい働き口、紹介してやろうか?」

「あなたの弟子の日本語教師はやめといてよ」

「お前が教師って、笑っちまうな」

「よくわかってらっしゃる」


口元だけで笑うと、煙草の火を揉み消す。消した煙草はあとで店の灰皿にでもしのばせておこう、とは指先に煙草を挟んだまま目の前に立つ背の高い影にゆっくりと近づいた。 暗がりで表情がよく見えなかったこともあって近くに行けば少し疲れたような彼の顔がそこに佇んでいるのがわかった。 不意にキスがしたくなり、彼のコートに手をかけ伸びあがるようにつま先を押し上げたところで、制止するようにリボーンがの頬を撫でる。


「今日は何時に終わる?」

「さぁ・・・次のお客で終わりにするつもりだけど・・・どうする? 中で待ってる?」

「いや、いい。ここで待ってる」

「おっけ、じゃあ風邪引かないようにして待ってて」

「お前、俺の母親かよ」


くくっ、と喉で笑うリボーンに心配して言ってんの、とまるで子供を見るかのようにして彼女は笑い、リボーンに背を向けて歩き出す。 さっさと仕事を済ませてあの腕に戻ろう。そう思いかけたとき、不意に腕を引っ張られて、声を上げるより先に抱き寄せられる。





身震いするほどに低い声が、耳元で囁く。


「なに?」

「あんまり遠くに行くなよ」

「・・・行かないよ」


には、リボーンが何を言っているのかわからなかったが、なぜだか反射的にそう答えていた。 左手の薬指に感じる冷たい感触に身を竦ませながら、悪戯に笑う。


「だって、新しい就職先、紹介してくれるんでしょ?」











Fly me to the Moon;

in other words

( Please be true, in other words I love you )








20090202@原稿完成
素直じゃない二人。タイトルはシナトラの曲から。in other wordsの下りで、つまりね、つまりね、という感じで婉曲的な匂いを出してみた。