作戦は殆ど滞りなく順調に進んでいるように思われた。予定通りの奪取と予定通りの帰還を終えて、戦いから戻ってきた戦士たちはひと時の休息を許される。若干の例外はあった。想定外のモビルスーツの出現や戦力の向上。読みきれなかった部分は多々ある。だが、既に相手の手の内はわかりはじめたと旧型ではあるものの連合の開発した漆黒のモビルスーツの中で青年はひとりごちた。彼はエースパイロット級のモビルスーツ操縦者としてファントムペインと行動を共にすることを命じられた戦士の一人であったが、緊張の抜けない戦闘後の時間は思わぬ人物によって潰えることとなりそうだった。
「、ちょっと手伝ってくれ」
ハッチを開き機体からデッキへと降り立つと彼のことを上官である仮面の男が小さく手招きした。相変わらず、その表情は仮面に隠されて読み取れないが、どうしたのかと尋ねれば心底困っているかのような口調で告げる。目が覆い隠され、その真意を拾えなくとも、彼は声音や身振りを使って人とうまくコミュニケーションをとれているようだった。だが彼の振る舞いとは裏腹には表情にこそ出さないものの、本当に彼を信用していいものか正直迷っていた。灰色の仮面に相手の思惟を汲み取れないという不気味さは増す。戦闘後の張りつめた精神の中で苛立ったように生返事を返しながら状況を聞けば、どうやら強化人間の一人である少女がコックピットに閉じこもったままで出て来ないと言う。そのままにしておけば良いのではないかと心中のみで返しておくが、そんなの心情を巧みに読み取ったのか、強化人間には休息が必須なのだということをかいつまんで説明してくれた。その上で、ご丁寧にも彼ではないと閉じこもったままの彼女を連れ出せないという注釈まで添えて。
「・・・俺に行けって?」
「じゃないと嫌だと」
「ご使命とあっちゃ仕方ないか」
「モテモテだねぇ、王子様」
「馬鹿言うな」
はヘルメットをネオに投げて寄越すと自分と同じ黒い機体へと歩みを進める。正直言って、強化人間の存在は解せないし、殆ど男所帯の軍にいるのに令嬢の面倒を見るような仕事にうんざりしていた。女のことが嫌なわけではない。いつだって優しさをくれるし、柔らかいし、鬱蒼とした世界を慰めてくれる。彼にとって女とは、自身の心にはない愛を与えてくれる存在であった。あくまでこれは彼が美化したい理想にすぎないが、現実はもっとひどいものだ。黒い機体のコックピットに手をかけながら、中にいる少女の安否を気遣うように声をかける。だが、返答はなかった。どうすべきかと周囲を見渡すと、データの吸出しを担当している技師がゆっくりやってくれとばかりにやわらかく目配せをくれる。それに頷き返しながらも、いつ来るかわからない第一戦闘配備のために、彼は今どうしても眠りたかった。技師の手伝いを受けながら、コックピットのロックの解除を行い、ハッチを開くと耳元を掠めるようにして白い靴が飛んできた。持ち前の反射神経でその靴を掴むと、中から悲痛な声がこぼれ出した。
「来ないでっ!」
瞳に涙を溜めたまま、少女はコックピットのモニターに腕を掛けた青年を見とめるとあっさりと黙り込んだ。しゃくりあげそうな声を押し殺すようにして咳き込みながらその双眸は
青年をとらえ続けている。
「・・・」
「ステラ、どうした?」
「あ、アウルが・・・言ったの・・・にさよなら言うって・・・」
あいつめ、後できっちりお灸据えておかないと、と彼が内心呟きながら少女の話に耳を傾ける。少女の言葉に嘘はないということを彼はよく知っていた。否、ただ彼女があまりにも無垢で嘘のつき方を知らないのかもしれない。それは彼の憶測に過ぎなかったが、あながち嘘でもないようすだった。ぼんやりと彼女の瞳を見詰めていると、宝石を思わせる色をした瞳から零れ落ちた涙が無重力空間にのびやかに漂いながらやわらかな光を受けて舞う。未だ彼女の双眸を流れ続けるそれを壊れ物を扱うような優しい手つきで拭うと、彼は彼女に問いかけた。
「で、本当にそうなった? ならなかったろ。だったらそれでいいじゃないか」
「でも・・・あの白いの、倒せなかった」
「そんなのは受けた情報になかったし、しょうがないさ。イレギュラーな事態だった。対処できなくとも仕方がないことだ、完璧にしなくてもいいんだからな。お前はちゃんとお前のやれる事をしたんだから、俺たちは何も言わないよ」
「うん・・・うんっ」
涙を拭いながら頬に触れる彼の手に柔らかな指先を絡めながら、彼女は陶酔したように頷いた。機体から出ることを促し、素直にハッチを潜った彼女を掬い挙げるようにして抱き上げると、地に足の着く艦内のブロックへと彼女を下ろす。
控えていた技師たちへそっと合図を送ると、彼らはすぐにでも自分たちの仕事にとりかかるべく、に温かく目配せをしながら機体へと向かっていく。そんな技師たちの姿を少女を抱えながら見送ると、無重力空間からすぐに重力ブロックへと移動する。パイロットたちの居住空間もすぐ側でありながらも、艦内でも人通りの少ないブロックの窓枠に彼女を座らせると、気まぐれのように裸足のままの片足に手をかけ、人形に着せ替えでもするように靴を履かせてやる。ほっそりとしたその足の甲を指先で撫でるように触れながら、くすぐったそうな声にふと視線を上げれば彼女の無垢な視線と絡み合う。無垢という殻に押し殺された甘く蠱惑的な香りが漂っているのを彼は感じている。唇に触れれば、きっと甘く応えてくれると彼は確信にも似た想いを抱いたが、鋼鉄のような理性が今にも火が点きそうだった彼の欲望に水を差した。
「さ、早くメンテナンスルームに行けよ。俺がネオに怒られる」
「・・・」
「俺はどこにも行かない」
優しく囁いて、金髪の前髪をそっと分けて額にキスをし彼女を送り出すと、彼は汗を吸ったパイロットスーツをロッカーに入れるよりもまずシャワーを浴び
ようと思った。それからすぐにでも床について、次に戦闘に出るまでの間眠ってしまいたかった。窮屈な襟元を寛げ、煮詰まった感情を押し出すように熱っぽい息をすると、今度こそ彼は歩きだした。この靄のかかったような不鮮明な気持ちごと、総てを洗い流してしまいたかった。
未來のイヴ
( 盲目なまでに従順に 私はあなたの未來のイヴ )
20080921@原稿完成