― ステラには聞こえるよ・・・いつだって、の声が。

記憶の底から甦る。かつて小さな唇から零れ落ちた優しい声に、男は堪えきれない嗚咽を雪原の上に零した。 湖の底から引き上げた彼女はもう人の身体とは思えないほどに冷たくなっていたが、彼は彼女の身体を温めるような抱擁をやめなかった。 青白くなった肌は以前のように彼の体温に溶けることはなく、金の睫に彩られた瞼が開いてピジョン・ブラッドを思わせる艶やかな瞳を覗かせることもない。 パイロットスーツ越しにですら触れ合う指先は体温がなく、それは永劫に彼女と愛しあうことがないということを示唆していた。 熱を失った少女の身体と絶え間なく降り注ぐ華のような雪たちが容赦なく男の体温を奪う。


「・・・んで、なんでお前が先に逝く? 俺だったんだよ。フリーダムもザフトの機体も俺を狙っていたのに・・・」


なんでお前が俺を庇うんだと、パイロットスーツに包まれた指を握りながら男は呻いた。 永遠に返される事はない返答を待ちわびるようにして、彼はステラの髪を整えながらただひたすらに待つ。 冷水に濡れた金の髪から流れ落ちた滴が彼女の頬を濡らしている。まるで彼女が泣いているかのようで、男は唇を震わせた。 もう一度目を開けて欲しいと切望している自分がそこにいる。そしてその願いが永遠に叶う事のない希だと知った時に一瞬にして後悔にも似た懊悩が彼の胸へと押し寄せた。 彼女に対して最初にあったのは同情だった。 自身の命やその存在の意義すらも他人に預けなければならない強化人間の存在は眉根を寄せずにはいられないほどに非人道的であり、 生きていく手段が戦争の中にしか見出せない軍人とはいえども、道を踏み外してきたつもりはなかった男にとっては歴史の影で行われる悲惨な現実に打ちのめされていたといっていい。 自身の所属する部隊で実戦に投入されることになった彼ら―殊にステラ・ルーシェという少女は信じがたいほどに無垢だった。 戦争の犠牲になった可哀想な少女。ただひたすら自分を兄と信じて慕ってくるその姿に次第に同情は溶かされて、愛情へと姿を変えた。 彼女は与えるだけが愛情ではなく、互いに胸の内で育てていくものがそれだと教えてくれた。 それこそが、家族という絆を失って、たった一人で世界を彷徨っていた男に与えられたただ一つの尊いものになっていた。


「与えたお前が奪うのか、ステラ。なぁ教えてくれ・・・俺はどうしたらいいんだ?」


永い沈黙の果てに答えはなかった。 雪原に吹きすさぶ風に黒鳶色の髪を揺らしながら、彼は乾いた悲鳴を洩らした。


「・・・どうすればいい。優しい世界を作っても、お前はそこにいないんだろ」











恋人を射ち堕とされた日

( あの日二人が出会わなければ こんなにも深く誰かを愛することを 知らずに生きたでしょう )







20080921@原稿完成