柔らかくうねっている鳶色の髪に指先をくぐらせながら、私はまっすぐに男の姿を見つめていた。彼の纏う仮面の色は漆黒の闇にとろけそうな色をした、ただ一つのもの。
その名が示すとおり、すべての物が彼に起因し生まれ、そして須らく彼の手に掌握されてゆく。
彼がその名を名乗る理由を知らなくとも、少しくらい頭の回る人間ならばその意味するところはすぐに勘付くことだった。でもとてつもない皮肉だわ。あなたがあの時殺したがっていたあの彼に、今のあなたはなっている。彼の志を引き受けるというのね、
それだけの覚悟をあなたは身をもって示している。けれどもその覚悟が解されることは、ほんの一握りの人間にしか知られることはない。なんて悲しいことなのだろう。あなたは自分を殺してまで、死んだように生きるというの?
そんなふうに生きることは自分自身の罪への清算なのだとあなたは私に言ったけれどそれは本当に・・・正しいことなのかしら。自分自身の生き方を犠牲にしてまで、あなたは選び取ったというのかしら。確かに、あなたは聡明でゆるぎのない精神をもつ。他人から尊敬と崇拝と夢を受け取り、それを育てることができるひと。
かつての彼もそうだった、力に呑まれすぎなければもっと真っ直ぐに生きられたことだろう。死ぬことでしか、償いを知らないわたしの弟。
久しぶりに涙が頬を濡らして、指先で力なく拭う私に驚いて彼は何事かと問いかけてくる。
どんなに些細な感情をも、言葉の皮に包まないそのひたむきさにかつてのあなたの面影を見た気さえして、私は無意識に唇を綻ばせている。
あれから何年が経ったのだろう。もう数年になるかしら。あなたがこうして時間を見つけては私の顔を見に来てくれはじめたのはいつのころだったかしら。
もう記憶が整理され始めるほどに遠いところまで来てしまったということ。なのに、あなたを周囲から支える喝采は万に一つも変わらないのね。
あらゆる人々は、貴方を光の神のようにあがめている。皆、あなたに夢を見る。それは美しい夢だ。自分ひとりでは見られぬ夢。
一度見てしまえば、醒めることのできぬ夢。あなたの美しい夢がなければ、あの人たちは耐えられない。みんな夢が見たいのだ。美しい夢が。
現実はあまりにも厳しく、目を覆ってしまいたくなるだけだから。だからこそ、皆あなたに従うのだ。その夢をうけとめて、貴方は輝く。
それなのに、あなた自身は、なんてなんて悲しいのだろう。もはや真実のあなたを知る者はこの世に二人といない。
あなたを見出した私の義妹、あなたと手を携えた私の弟、あなたの過去を知る誰か、そしてあなた。皆、この世界を去り、そしてあなた自身が葬り去った。
その遺志のために、あなたは生きざまで応えようというのね。死者を思い続けるのは愚行にしかすぎないというのにあなたにはそれだけの覚悟があった。
忘れないのはいい。けれど想い出にできない。それはあなたを悲しませるだけではないのかしら、誰もが決して帰ってこないのに。
死者を葬り去ることもできない弱さ。死者の代わりなんて、生者には誰もできないというのに。
私は、あなたを崇拝することができないけれど、あなたのことを愛せる。
あなたと戦うことができる。あなたを殺すことができる。私は、あなたに夢を見ることがない。あなたをまっすぐに見つめるだけ。瞳を逸らさずに。
他の人間では、貴方の光に焼き尽くされてしまうのに。あなたの夢に飲み込まれてしまうのに。私は、いつでも、あなただけを見つめている。
あの陳腐な命令を宿した赤い光ですらも、私の眼を逸らさせることはできはしない。そう簡単に誰のものにもなりはしないわ。
ばかなひとね。私を繋ぎ止めたいというのならば、あなたはただ私を抱きしめて、名前を呼んで、優しくキスをして、愛していると云えばいい。
そうすれば、私はあなたのもとを永久に離れはしないわ。
宿命
( 独りじゃないと 囁いてほしい )
20081008@原稿完成
名前変換が一度も出ておらず、さらに最終回のネタで・・・申し訳ないです。