その腕は、
この躯を抱きしめてくれるだけでなくて、
はよく無意識に泣く。それは夜、ベットに横たわり安らかに眠ることが許される時ですら彼女は泣いている。何があったのか、それは分かりきった事だからわたしは何も云わないし云えることなどは何もない。きっと戦争のことだ、両親を奪われたことだ、仲間が消えたことだ。挙げれば枚挙に暇がない。わたしはもう、人ではないから、その感情がどこから沸き出るのかだとか、根本的なことをすっかりと思い出せないでいる。かつてのわたしは、彼女と同じように国を奪われ、親も兄弟もこの世を去り、信じていた神すらをも奪われた。盲信していた神がもはやわたしを救ってはくれないと知ったとき、わたしはそこで歩み続けることを諦め、大地に血を吸われない存在となった。だが彼女はこうして生き続けて、死すら拭い去り、歩みを止めることはない。わたしはそんな人間らしい彼女のことを好ましく思う。その女がいま、こうして苦しみの淵にいるというのに、わたしはそれを忘れさせてやることも、拭ってやることもできない。本当、計り知れない哀しみの中で、呼吸すら忘れるほどの苦しさの中で、彼女はいつまでも安息を許されない。理性を超えた剥き出しの姿になった時に、きっと、押し殺していたものが溢れ出すのだろう。もちろん、科学的な根拠なんかはない。ただこのわたしが勝手にそう考え、そう解釈しているだけだ。どうして哀しいのかなんて、真正面からはどうも聞き辛い、わたしはとうに人間であったころの感覚など覚えていやしないのだから。かつてわたしの主であった者は言う。語りたくないこともあるし、語りたいこともある。人とは得てしてそういうものだ。だが、語ってほしいとは思う。ひとりきりで抱え込まず、愚かだなと罵りながらもその訳を考えてやりたい。人とは得てしてそういう生き物だからだ。人間がそう、決して一人だけで生きられるほどに器用にできてはいないことを、わたしはよく知っている。零れ落ちる涙をぬぐってやることもできずに、その頼りない肩を包み込むようにして腕を廻しそっと自分に手繰り寄せる。小さな嗚咽が胸元に響き、もはや存在することの叶わない心の内側を抉っていく。だが残念なことに体温を反映しない凶器のようなわたしの身体は、、君の身体を温めてやることができず、閉じ込めてやることしかできない。
20081123@原稿完成
化け物と人間、二者の苦悩。