夜中、寝苦しくて目を覚ました。目元にひりひりとした感覚を感じて、触れてみると目元が水気を含んでいた。どうやら、泣きながら寝ていたらしい。溜息を零しながら、私はゆっくりと首を傾け、私を閉じ込めるように腕に抱きこんで目を閉じている彼を見る。吸血鬼が寝るのは棺桶の中だけだと聞いていたけれど、どうやらそうでもないらしい。私の目の前のアーカードは目を閉じたまま束の間の休息を楽しむように浅い呼吸を繰り返している。彼は自分のことを化け物だと云って卑下したり、人間のことを素晴らしい生き物だと言って褒め称えたりするおかしな男だ。たぶん、この世界の誰もが無力でいることに飽いて、力を手にすることを望んでいる。戦争が続けば尚更だろう。力を手にして何かが変わるというならそうしたい。だからって、命を捨てずに済んだ時は簡単に人間をやめたいとは思わなかった。限りある生を無限大に生きる。人間にはそれが許されている。だからこそ、アーカードは、孤高な精神こそが力になると云う。彼は永遠を歩きながらも、その生きざまに拘束を受ける悲しい存在。人間であった月日の重みを、誰よりも深く知る死の淵に生きるもの。けれども意思の力こそが総てを解決するわけではないことを、私も彼もよく知っている。それですべてが片付くのなら、戦争は起きないし、人が死ぬこともなく、誰もが豊かに餓えることなどなく暮らせるはずなのだ。彼のように、己の生きざまを捨てて人ならざる者になることも、必要ないはずだ。私に涙を齎す悲しみはたぶん、誰かを喪ったことでも、命を奪われそうになった恐怖でもない。そのどれもが正しいけれど、この涙の理由にはならない。私が万に一つでも涙を流すのは、彼のことだ。悲しみから私を庇うようにして抱きしめて目を閉じている彼が、私と同じ時間の中に生きられないという孤独感。閉塞感。私たちは決して、同じものを共有することが許されない。あぁ、アーカード、あなたが望んでくれるなら、私は人間をやめたって構わないのに。


 




その腕は、

 

この躯を抱きしめてくれるだけでなくて、


 




 はよく無意識に泣く。それは夜、ベットに横たわり安らかに眠ることが許される時ですら彼女は泣いている。何があったのか、それは分かりきった事だからわたしは何も云わないし云えることなどは何もない。きっと戦争のことだ、両親を奪われたことだ、仲間が消えたことだ。挙げれば枚挙に暇がない。わたしはもう、人ではないから、その感情がどこから沸き出るのかだとか、根本的なことをすっかりと思い出せないでいる。かつてのわたしは、彼女と同じように国を奪われ、親も兄弟もこの世を去り、信じていた神すらをも奪われた。盲信していた神がもはやわたしを救ってはくれないと知ったとき、わたしはそこで歩み続けることを諦め、大地に血を吸われない存在となった。だが彼女はこうして生き続けて、死すら拭い去り、歩みを止めることはない。わたしはそんな人間らしい彼女のことを好ましく思う。その女がいま、こうして苦しみの淵にいるというのに、わたしはそれを忘れさせてやることも、拭ってやることもできない。本当、計り知れない哀しみの中で、呼吸すら忘れるほどの苦しさの中で、彼女はいつまでも安息を許されない。理性を超えた剥き出しの姿になった時に、きっと、押し殺していたものが溢れ出すのだろう。もちろん、科学的な根拠なんかはない。ただこのわたしが勝手にそう考え、そう解釈しているだけだ。どうして哀しいのかなんて、真正面からはどうも聞き辛い、わたしはとうに人間であったころの感覚など覚えていやしないのだから。かつてわたしの主であった者は言う。語りたくないこともあるし、語りたいこともある。人とは得てしてそういうものだ。だが、語ってほしいとは思う。ひとりきりで抱え込まず、愚かだなと罵りながらもその訳を考えてやりたい。人とは得てしてそういう生き物だからだ。人間がそう、決して一人だけで生きられるほどに器用にできてはいないことを、わたしはよく知っている。零れ落ちる涙をぬぐってやることもできずに、その頼りない肩を包み込むようにして腕を廻しそっと自分に手繰り寄せる。小さな嗚咽が胸元に響き、もはや存在することの叶わない心の内側を抉っていく。だが残念なことに体温を反映しない凶器のようなわたしの身体は、、君の身体を温めてやることができず、閉じ込めてやることしかできない。














20081123@原稿完成
化け物と人間、二者の苦悩。