― 大佐!

覚えているのは、七色のきらめき。エメラルド色をした恋の影と赤い衝撃。 仄暗い宇宙の先にあるのは、緊張を孕んだ声と、尾を引いていく絶叫だった。 あの美しくも残酷な絵。 ビームサーベルの軌道の中に、ララァの姿が色濃く映っていた。 逢うのが遅すぎた。彼女はそう呟いたが、アムロにとって彼女はあまりに突然すぎた。死と云う名の閃光が走った瞬間、 自分の心に隙間無く入り込んだララァが齎した一瞬の抱擁は、彼にとっては永遠だった。 だが、後に残ったのは、虚無感と罪悪感のみであった。 七年以上も前の光景が、記憶の中に鮮明に生きている。 ただ二人が、抱きしめあって、お互いの存在を確認しあった。 ただそれだけのことが、こんなにも鮮明に残っている。 だから、彼女の影が色濃く残った宇宙に出ることをアムロは深く拒絶していた。あの一年戦争での出来事を言い訳にして、地球の重力に引かれ続けながら、本当は宇宙に焦がれていた。いつの間にか、死んだように眠っていたアムロの感覚と意識を呼び覚ましたのは、カミーユという少年とクワトロと名乗っていたかつてのライバルの存在に他ならない。


「大尉・・・あの、大丈夫ですか?」


柔らかい声が考えにふけっていた耳朶を打つ。はっとしたアムロはここが宇宙だということを今更ながら思い出したようだった。目の前で不安げにアムロを見つめるのはアナハイムエレクトロニクス社の技術科のエンジニアで 元エゥーゴの士官だったという女性だ。エゥーゴであった詳しい経緯はアムロにも良く判らなかったが、カミーユ・ビダンやブライト・ノアや、 クワトロ・バジーナ―否アムロにとってはシャア・アズナブル―と同じ艦に乗り合わせていたのだという。 そしてクワトロとは、それなりに深い関係にあったのだと風の噂で耳にした。


「久しぶりの宇宙だからかな、なかなか慣れないんだ」

「大丈夫です。大尉なら」


あたしはそう思いますよ。と彼女は零すと、深い笑みを唇に刻んだ。 無重力地帯の感覚に身を任せながら、アムロはぼんやりと、彼女の雰囲気と感性を思惟の中で分析する。 最初に目にしたときもそう思ったが、やはり似ている。 姿かたちなど、目に見えるものではない。 彼女の感性や感受性が、アムロに褐色の少女を思い起こさせた。 だが靡いているのは濃紺の髪ではない、紅茶色の深い色合いの髪だ。 聡い物言いにあの頃ならば返答する事で精一杯だっただろう自分を振り返りながら、今のアムロは年上らしくどこか余裕さえ感じられる言葉を返すことができた。


「随分、買われているんだな」

「さぁ、どうでしょ」


悪戯っぽく笑うと、彼女はモビルスーツデッキに手をかけ、軽やかに振り返る。アムロを懐かしむように見上げながら、どこか別の影を重ねている。それは誰か。おそらく“彼”だとアムロにはわかった。


「クワトロ大尉と同じような事をおっしゃるんですね」

「シャアと?」

「あぁ、アムロ大尉にとっては、シャア・アズナブルですもんね。あの人」


の唇に、シャア・アズナブルという言葉が載ったとき、 言い知れない深い表情が、彼女の中にちらりと覗くのを、アムロは感じていた。 ララァとの深層部まで広がる命の共振とは違う。誰かを懐かしむような、心地よい感覚だった。ニュータイプ。そんな言葉が、彼女に重なる。


にとっては、クワトロ・バジーナなんだな。あいつは」

「だって“シャア”はあたしの特別じゃ、ないんですよ」


あぁそうか。とアムロは思った。 キャスバルはセイラが、シャアはララァが。そして、クワトロはにとって、特別だった。 もしかしたら、クワトロ―否シャア―は、アムロと同じように、の中にララァを視たのかもしれない、聡い物言いや、ニュータイプとしての暖かい共振の中に。 そして、そんな自分に辟易しながらも彼女を受け入れる事をやめられなかったのだろう。あくまで想像でしかないけれど、限りなく真実に近い部分に触れているのではないかと思うアムロの 意識を感じ取って、は複雑そうな表情を浮かべた。


「アムロ大尉、あたしは別に気にしていないんですよ」

「あいつは、君にとても酷い事をしたじゃないか」


行方不明などと言っておきながら、実際のところは生存説が有効である。
そうでなくとも、アムロはシャアの存在を、この宇宙の中に感じ取っているというのに。


「どうしてそう思うんです? あたしにとっては、嬉しい事なのに」

「何故?」

「だってあの人、シャア・アズナブルに戻ろうとしてるのでしょ? それで、あたしを 連れて行かないということは、あたしのことを思い出の中に仕舞っておいてくれているということ。クワトロ・バジーナをあたしは愛していたの、決してシャアじゃないわ。そこをきちんと理解して、ちゃんと彼の事を葬り去ってくれたの。それはあたしにとって、あたしのことを判ってくれて、大切に思ってくれていたということだわ。あたしの幸せを願ってくれた。それは女としてとてもうれしいこと。だから嬉しい以外に何もないんです」

「それで、。君はいいのかい?」


問いかけたアムロに、はおかしそうに喉の奥で笑った。 シャアである男はクワトロでもある。その曖昧な境界に未練はないのか。アムロはそう問いたかった。はそれを理解しているだろう。シャアが・・・いや、クワトロが愛したニュータイプなのだから! そう、彼女は美しい。 無重力地帯のように柔らかでいて、芯が強い。紅茶色の髪を揺らしながら、彼女はしっかりと頷いた。


「ええ。だってあたしにとって、“クワトロ・バジーナ”はもう、過去のひとだもの」










英雄の面影

( それを倒さなければ己になれない。アムロとシャアの戦いは、まさにそれだ )