英雄
アムロ・レイの側にいる事は苦痛ではないか、と聞く人間が幾人かいた。
にとって、それは愚問だった。
別には、彼の名声を手に入れたくて側にいるわけではないし、そういう類のおこがましい考えを抱いているわけでもない。
ただ、惹かれるものがあるから、一緒にいたいと思うだけ。ときどき、英雄でなければ良かったのにと思うときもあるけれど、深く思いつめて苦痛に感じるほどの事じゃない。
自分だけが愛していたところで、それでも満足を感じることができたのだけれど、
偶然にも、彼の方からを求めて、手を差し伸べてくれたのが嬉しかったから。
それに、彼は自分がララァという少女と別人である事を理解して、受け入れてくれていることがわかったから。積み上がっていく満足感をとめる事なんてできそうもなかった。
「は、辛くないのか? 俺と一緒に居て」
「どうしてそう思うの?」
薄暗い部屋の中、ベッドの上に横たわりながら、は笑った。
隣に横たわって複雑な心を紛らわすように、天井を眺めるアムロを見つめる。
「俺は、細かいところまで気づいてやれない時もあるじゃないか」
の中の、クワトロ―の中ではシャアではない―と比べているのだろうか。
確かに、クワトロ・バジーナというひとは、よく気づく人だったけれど、それだけで他人に温かく触れるという術を持っていなかった、知らなかったのかもしれない。だから、アムロの言うような事は無い。投げ出された
彼の腕にそっと触れると、は微笑んだ。
「アムロはあの人とは違うでしょ。それがいいのよ。あの人はいつも、あたしの事を見ていなかったわ。どっか別のところを見てたもの。ララァさんの幻想を求めていたのかもしれないわね。でも現実は、あたしだったから」
シャア―アムロにとってはクワトロではない―は、執拗にニュータイプという人種に拘った。
確かに、アムロも、シャアも、ララァも、そしても、ニュータイプであることに変わりはない。
そして人はいつも、個人である事を変えられない。
「そうか・・・でももし俺が、あいつと同じで君を見ていなかったらどうするつもりなんだい?」
「莫迦ね、見ていないなら、最初から側にいないわよ。あたしを見てくれているから、一緒にいるのよ。アムロかあたしが飽きるまでね」
悪戯っぽく笑うと、はアムロの頬に唇を押し当てた。
その言葉に、照れたように笑みを浮かべると、アムロはを抱き寄せた。
されるがままに、はアムロに触れる。
抱き合うというのはどんな状況であれ、心地よかった。
お互いを認め合い、愛し合う。
命が命として触れたがっている行為だ。こんなに嬉しい事は他にないだろう。
その事は、ふたりとも、よく知っていたから、何も言わなかった。
何か言う必要は、なかった。でも、それだけでは足りないとでもいうように、はできるだけ優しく囁いた。
「好きよ。あなたが飽きるまで、側にいさせてね」
「あぁ。きみが飽きるまで側にいてくれよ」
愛情交錯
(言葉にしなければ、伝わらないことも時にはある )