「本当はこんな所に、いたくないでしょう?」
旧く、広い邸のソファーに腰を下ろしているアムロに、紅茶を差し出しながら、は笑った。
彼女は、幽閉されているアムロの監視を行っている執事夫婦の娘だった。だから、一年戦争後のアムロの事はよく知っている―書類上の事だけだと思うけれど。
一年戦争の英雄。連邦の白い悪魔。様々な名前で呼ばれている彼だが、
何処か傷ついたような瞳をもつ青年であるという事を知る人は、恐らく少ないだろう。
彼女も、アムロに対し抱いていた英雄像と本人とでは大きな差異があるように感じた、と今でこそ笑って話す。
「あぁ。でも、君のお父さんとお母さんは怖いからね。本当の事は言えないよ」
「あら、じゃあ、あたしは怖くないんですか? アムロさん」
「君は軍人じゃないだろう?」
「さぁ、どうでしょう」
誤魔化すように笑って、は青金石色の瞳を悪戯っぽく輝かせた。
彼女はまだ年若い娘であったが、美しくそして大人びていた。
その美貌はセイラ・マスというホワイトベースのクルーを思い起こさせたが、
柔らかな口調は少しだけ、ミライ・ヤシマ―今は、ブライトだったか―に似ているように感じた。
彼女は気立ても良かったし、何より、どんな話をしていても退屈はしなかった。
だが、この邸での生活は監獄も同じだった。
ニュータイプというだけで、危険分子と認知され、監視される。
「あたしも、ここは嫌いです。それはアムロさんと同じよ」
「ご両親がいるのに?」
「えぇそうね」
そう呟いて、は笑ったようであった。
彼女の唇は、ほのかに艶やかな色を帯びている。
アムロの座っている椅子の側―豪奢なカーペットの上―に腰を下ろすと、
はアムロを見上げて、微笑んだ。
「おかしいと思うでしょう」
「いや、そういう事もあるさ」
アムロはを見下ろして、ゆったりと微笑んだ。
両親がいても、その環境を窮屈に感じる事はある。アムロも昔そうだった。戦争を知ることなく生活していた少年時代に母と父が離婚をして、母は地球に残って、父は機械工学の虜となっていくのを間近に見ていたためか、いたたまれない気持ちになり、自分の存在をひどく窮屈なもののように感じた事があった。境遇は大きく違えど、共通する思いを抱いている。
「退屈でしょ、こんな所にいて」
「いや、君がいるんだ。退屈なんかじゃあ、ないさ」
二人の唇が触れ合うのに、そう時間はかからなかった。
Forgettable
( 周囲にどうしても忘れられがちなこと。あなたの感傷、気づいてあげたい )