クワトロ・バジーナという男の気配は奇妙だった。たとえばデッキですれ違う瞬間よりも、はるかな宇宙の闇と、モビルスーツの装甲にはばまれての戦闘中に際してのほうが、その気配を濃密に感じるのだ。


「・・・大尉、起きていらっしゃいますか?」


出来るだけ声を潜めてが隣に眠っている男に声をかけたのは日付変更線を過ぎた頃だった。どうやら寝ているものらしい。いつもはつけているサングラスも、寝るときばかりは外すようである。狸寝入りの線も考えたが、どうやらそうではないらしい。うつ伏せになって隣を見ているため、背中にかかるシーツがやたらとこそばゆい。


「・・・」


色素の薄い金髪は王冠のように輝いて、彼の額にかかっている。薄闇の中でも、にはそれがわかった。地球の空のような深い美しい瞳が、未だ閉じられているという事も。くだらない嘘しかつけない人だけれど、彼はとても美しい人だ。辛い生い立ちから、偽った生き方すら、何もかもを包括して、美しいものに変えてしまう。


「そうやって見つめられていると、こちらも眠れんのだがね・・・」

「だって、飽きないのですもの・・・」


紅茶色の髪を肩で揺らして、は微笑んだが、クワトロを労わるように彼の背に腕を回す。
ただ抱き合う、それでよかった。肉体の関係は確かに必要だったが、今それは何の意味も持たない事をは知っていた。もしかしたら、クワトロ―否、シャアだろうか―の裡に眠る、非常に美しいものを見てしまったからかもしれない。


「あなたの中には、美しいものがあるわ。それを見ていて・・・私はとても飽きない」


この感触を、ニュータイプというのだろうか。にはよくわからなかったが、彼に抱かれている感触は、悪いものではなかった。


「視えるのか?」

「えぇ、視えますよ。あなたがその光景を、他の人に見せたがっている事も」


そっと瞳を閉じたは、酷く安らかな表情をしていたのかもしれない。彼女は彼の心底にある、この世の誰も干渉できない酷く美しいもの感じていた。少年と少女が、ただ抱き合っている光景。お互いを認識し合い、ただその存在を許しあっているという光景。だが、彼はその当事者ではなかった。ただ傍観しているにしか過ぎなかったのだ。


「誰もが、視得ると思うか?」

「思います・・・大切な人を大切だって認識すれば、その光景はすぐ側に転がっているわ」


二人きりになると、この男の瞳の奥に“クワトロ・バジーナ”という偽名はなりを潜める。だがシャアではない。エドワウ・マスでも、キャスバル・レム・ダイクンでもない。もしかしたら、そのすべてであって、すべてではないのかもしれない。空のような瞳には、いつものような鋭い光ではなく、柔らかな光が篭っている。暗がりにいてもにはそれがわかる。それはとても、うつくしいものだった。










夜に赦される

 20051220完成―20070402改定