「カミーユ、もう寝てしまった？」


ベッドの中ですら、は仕事を持ち込む。 とはいっても、カミーユとに男女としての肉体関係云々があるわけではない。 一つのベッドで、小さな動物のように寄り添い合って、ただ一緒に眠りに就く。それだけだ。 だが、はあまり眠らない―･･･一緒のベッドに入っても、彼女はうつ伏せになって、薄暗い部屋の中パソコンの液晶と睨めっこしているのだ。 メカニックの仕事は、ある意味で、パイロットよりも辛いものだ。戦闘の花形であるパイロットとは異なり地味な裏方の職業だと思われがちだが、機体への配慮をひとつでも怠り、気を抜けば、パイロットたちの命を奪いかねない重要な任務だ。それゆえにメカニックたちのプロ意識は高く、も例外なく心血を注ぎこの任務を全うしている。やっとのことでパソコンを閉じたは、隣にいるはずのカミーユに声をかけた。眠っているかと、確認する意味を込めてかけた声に、やや間延びした声が返ってくる。


「･･･まだ、起きていますよ」


最前まで、背を向けて眠っていたカミーユが、身体を反転させての方に顔を向ける。 暗闇の中で、はそっと笑みを浮かべると、カミーユに口づけした。唇をわずかに逸れたキスに、カミーユが不満の声を漏らす。


「そこ、ちがいます」

「あははっ、間違えちゃった」


微かな余韻を残して消えてゆく言葉を味わうように、二人は沈黙を続けた。 二人分の体温が篭ったベッドはあたたかく、カミーユはどこか安心した。


「あったかいね･･･」

「･･･そうですね」


何処か寂しげな響きを感じ取って、はそっとカミーユの手を握り締めた。安心させようとしたのかもしれない。けれどもありきたりすぎた気がしては恥ずかしくなったが、それ以外の方法を思いつかなかった。


「カミーユは寂しそうだね」

「人の体温を暖かいと思った事って、あまりないんですよ。前にも話したでしょう？ 父も母も技術者で、父には愛人がいたけど、母はそれを咎めもしなかったんです」

「あら、どうして？」

「だって母は、自分が仕事をしている事に満足しちゃってたから」


カミーユの記憶のかぎり、ダイニングテーブルに家族三人がそろったことはなかった。 来客用の椅子も含めて、きっかり四脚置かれた椅子を埋めるのは、いつも自分ひとりだった。その時、 カミーユはまだ十五歳だった。 両親の愛情を諦めきるには幼かったが、期待をし続けることに疲れるくらいには生きてきていた。 暗闇の中で、が眉を寄せているのがカミーユにはなんとなくだが、わかる。 それが、同情である気がしてしまい、妙に気分が悪くて、カミーユはの指をそっと外して再び背を向けた。 微かな衣擦れの音と共に、柔らかな指先が、カミーユの肩に触れるのがわかった。 額をカミーユの背中に寄せながら、は囁いていた。


「･･･カミーユ、あたしもね、ひとりだったのよ。ジオンのコロニー落としで家族が死んで、それからずぅーっと、ひとりだったわ」

「でもあなたには、レコアさんがいたんじゃないんですか？」


戦災孤児ばかりが集まる施設から、稼ぎどころを求めて軍属になった時にはレコアと知り合った。ジオンのコロニー落としの犠牲で親を亡くしたという境遇は二人とも同じで、何よりふたりは気が合った。 とはいっても、姉妹のように行動を共にしている雰囲気だったが。 危険なところに入り込みたがるレコアと、裡に引っ込んで機械ばかり弄っているは、 まさに正反対と言っても不思議ではないくらい、タイプは違ったのに。それをカミーユはレコア本人から伝え聞いたのだった。


「でも、レコアとあたしはほんとうの家族じゃないでしょ？　戦争が終わって、運良く生きていたら、あたし、家族が欲しいわ。広くなくてもいいわ。小さな家でもいいのよ。そこでね、家族に囲まれて過ごすの」

「さんって、意外と平凡な夢の持ち主なんですね」

「あらそう？ でもね、意外と難しいことよ」


僅かに首を逸らして、背後で笑みを浮かべているであろうを顧みるカミーユであったが、


「僕でいいなら、なってもいいですよ」

「えっ？」

「あなたの･･･家族に」


電気がついていないのが惜しまれる。と、は思う。カミーユのことだ。 きっと、耳まで赤くしているに違いない。 この気持ちをどう表現したらいいのだろう。胸の奥がじんわりと熱くなって、思わず相手を抱きしめたくなってしまうような。そんな気持ちを。


「うれしい、うれしいわ。カミーユ」


そう囁いて、はカミーユの頬にキスをした。







純愛心中

（私の知る限り飛田さんの担当されるキャラクターというのは、不幸を背負っている気がしなくもない）