ロックオンは地上にいるのところにやってくるときは、きまってメロンを買ってやってくる。例に漏れず今日もそうだった。メロンを受け取りながらは本当にいいのかとロックオンを見れば、いいのだと笑って返される。まぁ、彼が言うならそうなのだろうと黙って受け取りながら、いつもの塩梅で蔕のしぼみ具合を確認しながら食べごろを見分ける。叩いて甘さがわかる人もいるというけれども、はそこまでメロンを熟知しているわけではないので、蔕を見るのが彼女にとってのおいしさの基準値だった。うまくしぼんでいる蔕のものはすぐに切り分けることにして、そうでないものは冷蔵庫へと丁重にお迎えする。一人暮らしということもあって、あと二週間は毎日のようにメロンを食べることになるだろうと思いながらも、それは別に嫌じゃない。差別のないように均等に切り分けながら、皿に盛り、適当にフォークを刺しながら余ったひとかけを口に運ぶと、甘いしずくが口の中に広がった。砂糖のような口にした途端に発火するようなものではなく、水のように浸透するような陶酔する味だ。できることなら毎日でも食べたいとあこがれた懐かしい味。この宝石のような輝く果実は子供の頃の贅沢だった。
「おいしい」
「本当、好きなんだな」
「だって、あたしが小さい頃はめったに食べられない御馳走だったし」
「そうなのか」
カウンター越しにの顔を見つめながら、さして大きな興味を抱く様子もなくロックオンは囁いた。その言葉に頷きながら盛り付けた皿をカウンターに置くと、彼も一つまみして口の中へと運んだ。とろけるような味は、彼の中にも広がっているのだろうか。彼の形の良い唇を見詰めながら、今キスしたらメロンの味がするのかとか、ありもしない想像をして、俄かに胸の奥が疼いた。
「どうした?」
躊躇いがちに掛けられた声にの手は止まり、手を止めた彼女の顔はふにゃりと崩れた。恥ずかしげに笑いを零し、さっきまでの想像を誤魔化すようにして耳元にかかった髪をくしゃりと撫でる。
「ね、キスしたい」
強請るような声に、ロックオンは喉の奥でくくっと笑うと指先でメロンをひとかけ摘まんでの唇に押し入れた。その窘めるような仕草に反射的に口を開いて招いたは拗ねたように咀嚼しながら口の端に零れる掬い切れなかった滴を指先で口の中に流し込む。まるで残念そうなその仕草を眺めながら、ロックオンは笑い声を押し殺すと、ややあって告げた。
「なぁ、。考えたんだ・・・」
「何を?」
「昔の童話に、魔女が子供を食べるために食べ物を与える話があるだろ、あれって、要は自分の好みの味にしようとしたんだよな?」
題名はうっすらとしか思い浮かべられなくても、大まかな粗筋の察しはついた。幼いころに目にすることのあった物語で、お菓子の家の魔女は兄妹のうちの兄を食べるために豪華な食べ物を与えようとする話だ。ロックオンがそんなことを引き合いに出すということは、何か問題があるということなのか。思わずは勘繰ってしまう。確かに、胸だってミス・スメラギほど豊満ではないし、かといって形だけで勝負できるほどに整っているわけではない。なんせ成長期は戦禍の中にあって栄養を取り損ねたから、どちらかといえばやせっぽちであるとは心得ている。だが、女性らしいまろやかな肢体や雰囲気にあこがれないわけがない。女性クルーたちは彼女が細身であることを羨ましがるが、きっと抱き心地はよくないだろう。
「もしかして私、抱き心地悪い?」
「いやそうじゃねぇよ」
ことさらに否定するロックオンは小さく笑いながら、窘めるように彼女の頬を軽くなぞる。その指先に擽ったそうに肩を浮かせると陽に晒されることが少ない首元から、鎖骨がうっすらと浮き出ているのがわかる。喉を逸らしたときくらいしかわからないその骨のラインに唇を寄せたい衝動に駆られるが、彼は自制するように小さく笑った。
「ただ、こうやって毎日のようにメロンを食べさせたら、じきにお前も甘くなるんじゃないかって」
「あたし、ロックオンに食べられちゃうの?」
残ったメロンを咀嚼しながら彼の瞳に真意を探るように覗き込んでくる悪戯っぽい瞳に自然と彼の唇も悪戯に吊りあがる。息が触れ合うほどの間近さで顔を寄せながら、彼はその切れ長の瞳を細めた。
「さぁ、どうだかな」
「お腹壊しても知らないからね」
「そりゃ大丈夫だろ」
「だったら、残しちゃ嫌よ?」
そう言って交わした唇は、熱くて酷く甘い。
誘惑のアフロディーテ
( その腕は、この躯を抱きしめてくれるだけでなくて、 )
20081108@原稿完成
今更ですが、K嬢に捧げます。お誕生日おめでとう!