目の前で真剣なまでに食べ物と向き合いながら、何か思いつめた様子のレコアは何度か溜息をついたあとに、ふと私の顔を垣間見た。
まるで語っていいものかどうか値踏みするような視線に気づいていたが、そこは敢えて気付かないふりをして、
私は黙々とMk-Uに搭載するためのデータを弄りながら、傍にある固形の栄養剤を口に含んだ。
最初は誰もが咎めた私の食生活だったけれども、最近では少し眉を寄せるくらいで、小言を食らうことは少なくなった。
艦内の年齢順で、私が下位ではなくなったためだ。それもあるが、もうすでに誰もが、私が何を言っても梃子でも動かない理由を知っているからだろう。
たしかに軍人のために軍艦内に併設されているラウンジを兼ねた食堂の食べ物はそれは栄養価をしっかりと考えたものなのだが、
四六時中、私はモニター画面と向き合っているために、ちょっとした弾みで液体をキーボードに垂らしてしまえば大変なことになるので、こうして固形のものでしか栄養を摂らない。
もちろん、私だってまだ成人もしていない女だ、少しくらい贅沢をしたいとは思っているけれどそれまでだった。
レコアも私の習慣には眉を寄せる一人で、今回もやはり困ったような表情をつくる。
「ねぇ、」
「どうしたの? 食事のことなら、譲らないわよ」
「そうじゃないわ。ただ少し手を止めて聞いてちょうだい。パソコンはそこに置いて」
言われるがままに一旦ラップトップを閉じると、私はレコアに向きなおった。
彼女は施設にいたころからの友人で私の姉のような存在だが、こんなにはっきりと言葉にして物事を示されたのは軍に入る頃以来だった。
「どうしたの?」
「これ、あげるわ。残り物で悪いけど・・・」
「ありがとう」
久しぶりに食べるしっかりとした食事に手を伸ばしながら、私はそれだけじゃないでしょう、とレコアに囁いた。
それは確信にも似た予感だった。だが、何を話そうとしているのかは見当がつかない。
そんな私の確信に答えを与えるようにして、彼女はためらいがちに笑った。
「のことは誤魔化せないわ。こんなこと、あなたに聞くのは変かもしれないけど・・・“好き”の反対は何だと思う?」
「“嫌い”?」
新たな謎々かと思ったけれども、考えるより先に反射的に言葉が出てきてしまい、レコアは納得したように頷いた。
「そうよね」
だが納得したような響きの中には妙な突っ掛かりを感じているような違和感を持っているようにも見える。
他人の思考にこれ以上口出しをするのは憚られて、私は口を閉ざしたけれども、もしかしたら彼女は、後に続く言葉を待っていたのかもしれない。
レコアとの付き合いはそれなりどころか、かなり長いものだ。
最初に出会ったのは幼いころの孤児院だった。ジオンのコロニー落としで家族を失ってから転々としていた施設の中の一つで彼女と出会った。
私は家族を失ったショックもあいまってあまり外に出て行くような子供ではなくて、どうあっても引っ込み思案だったのだけれど、
もともと年が近かったということでレコアと一緒に学校に行ったり、生活を共にするうちに次第に仲良くなった。
施設を出る年頃になったところで、差し迫った私たちの将来は、レコアの軍人になる、という言葉で一転した。
孤児に与えられる職の数は少ない。中には人類最古の職業に就いた子もいる中で、私たちは軍人になるという道を選んだ。
士官学校はお金がかからないということもあって、彼女はパイロットに、私はメカニックにという選択をして現在に至る。
メカニックを選んだのはほかでもない、何かを生み出す仕事をしたかったからだ。
あまりに熱心に情熱を傾けたせいか、途中で、軍を抜けてアナハイム・エレクトロニクス社で勤めないかという誘いがあったくらいだ。
けれども何故か私は軍にこの身を置いている。それはもしかしたら、私のつくりあげたものたちが、人を殺しているという現実をしっかりと胸に留めたいだけなのかもしれない。
はっきりとした理由づけをするのは難しいことだった。咀嚼する唇の動きが止まったところで、レコアはまた私に問いかけてきた。
「ねぇ、」
「なに?」
問いかければ、またあのなぞなぞのような質問が降りかかってくる。
「“愛してる”の反対は、何だと思う?」
「“憎しみ”?」
曖昧に私が返答を返したところで、レコアは唇に何ともいえない笑みを溜めたのであった。
つややかな唇は、相変わらず女としての存在を誇示しているような妖艶さが覗いている。
レコアのことは嫌いではなかったが、彼女が自分自身の存在を試すように扱うのはあまりにも理解しがたかった。
私の何気ない返答に対して、彼女はゆったりと首を振った。どうやら、外れたらしい。
「違うわ、」
何処か達観した様子で、レコアは笑む。
「“無関心”よ」
「へぇ、どうして?」
「なんとなく、よ。“あのひと”を見てるとね」
レコアが口にした人物の事は、私にしてみればすぐに想像はついた。“クワトロ・バジーナ”の事だろう。
確かに、一見して包容力のある男のようだが、実際のところはどこか欠けたものを埋めたがっている男のように思える。
触れたいと願っているのに届かない世界がある。彼の心の中には、何かとてつもなく大きな闇を感じる時がある。
けれどもそれは、あくまで私の個人的な見解に過ぎず、実際のところはどうだかわからない。
聞いてみようとも思わないし、聞きたいとも思わない。けれども、私は、レコアが彼に包容力を求めて、傷つくところを見たくないのだ。
「・・・“あのひと”はやめたほうがいいと思う」
「そう?」
「ただの直観だけど・・・レコアが求めているものは、きっとない」
その言葉が現実のものになる日は、そう遠くはなかった。
愛に沈む体温
( 誰か空虚の輪郭を そっと撫でてくれないか )
20080930@原稿改訂