―私は今、女としてとても充実しているのよ!

そう叫んだ自分を、恐らくファ・ユイリィという少女は理解してくれないだろう。 彼女はまだ幼すぎる。そして、戦場にもまだ入ったばかりだ。 エマ・シーンもまた、理解をしてくれるとは思えない。彼女の従軍の理由は、自分とは逆だったのだから。 女としての充実よりも、軍人―それも、人としての志を選んだ女だから。 恐らく、彼女は自分のような女を軽蔑することだろう、祈るように閉じた瞼の奥でちらりと光る影がそう語りかけている。 赤と黒で構成されたパイロットスーツのジッパーを閉めながら、私はこれでよかったのだと、自分自身に言い聞かせるようにしてひとりごちた。 そう、本当に、これで正しいはずなのだ。善悪を問う声を押し殺すようにして宛がった掌の下にあるスーツの感触は、昔纏っていたものに似ていた。 基調のデザインはまったく同じなのに、色が違うだけで。私にとってはそれだけで十分なのに。 ただ戦って、愛して、本能にも似た充実感を求める私は閉じた瞳の奥で、以前の世界を共にしていた妹とも友人ともつかない彼女の言葉を思い出す。 無垢な殻の中に潜ませた、あまりにも鋭い女の勘に、我が目を疑ったものだけれど、唇は自然と笑みを彩っていた。 雛が羽を寄せるようにして生きてきた私たちだけど、もう離れてもいいと、確信したからかもしれなかった。


「・・・あなたの言ったとおりだったわね。


呟いた言葉は、誰も居ない更衣室に冷たく響いた。そうね、。あなたなら、あるいは理解してくれるのかもしれない。 私が、女としての充実を、クワトロ・バジーナという男に求めていた頃を知るあなたなら。あなたの言葉は正しかった。 私が彼に単に女として凭れるのは無理だったわ。彼の裡に眠るとてつもない昏い何かが、私の女としての充実を拒むのだ。 ただうわべだけのくちづけや言葉なんて必要なかった。全身全霊で、私は必要とされていることを感じたかったのだ。 たとえそれが、私を利用するためだけの嘘であっても、その嘘の中で私が満たされるのならそれでいい。 生まれてから、家族を失ってから、私は生きている実感を命を削られるような生き方をしてしか得ることができなかった。 その延長戦で入った軍で、生の実感は満たされても、次は女としての実感を欲するようになっていった。 それは自然な流れでしょう。ひとつのことが片付いたら、今度は次、そうやって次々と問題は浮上するものよ。 私の望みを叶えられないのなら仕方がないと思うこともできたけれど、それだけじゃない。あの男の中にはもっと別の、深刻な何かが眠っている。 だから、私は彼から身を引いた。彼の方が必要としているのだもの。それは、彼自身に欠けた“何か”を埋めてくれる女に違いない。 それはジオンのハマーンでもない。・・・・もしかしたら、と心に過るものがある。 こそが、クワトロの中の欠けた部分を埋められる女なのかもしれない。 いや、考えるのはよそう。もう何もかも、終わったことだ。自ら離れて行ったのに、いまさら何を考える必要があるというの。 だからもう、私には何の関係もないことだ。そう言い聞かせてはいても、やはりのことは気にかかる。 もういなくなってしまった家族のように思っていたから、残してきてしまったのではないかとも思ってる。でも現実は違うわ。 はあの小さかったはもういないのよ、寄り添うだけだった私たちはもうお互い別々に立てるようになったのよ。 だっては、私と肩を並べ、ひとりの女としてもう独立している。あの子は子供じゃない。もう立派な女だ。 私と三つは離れているけれど、私なんかとは違うわ、一人で生きていく術を持っている。そういう子だわ。あの子は。


「そう、私は今、女としてとても充実しているわ」


ヘルメットを片手に取りながら、自らに言い聞かせるように、私はまた囁いた。














堕ちるなら、果てまで

( あ り も し な い 嘘 を つ い て  幸 せ の 音 を 踏 み に じ る )










20080930@原稿改訂