赤い夕陽が、ガラス張りの窓の全てを使って降り注いでいた。血の色に染まった大気は、魔女の接吻さながらに硬く、冷たい。白いシーツの海に身を投げ出しながらも、少女は静かに窓の外を見つめていた。斜陽の空に身を預けるようにしてその光の中に身を置きながら、頬に纏わりつく髪をそっと撫でる。不安を取り払うようにして紅茶色の髪の下から青金石色の瞳が露わになる。しかしその片方は丁寧に巻かれた包帯の下に埋没している。白く細い指先がもどかしそうに目元の白い包帯をなぞりながら、同じように腕にも巻かれた包帯を神経質に弄っている。自分の不甲斐なさを恥じ入るようにして、彼女は一言も唇を動かさなかったが、不意に小さなノックの音が部屋の中にこだました。
「、起きてます?」
彼女の名を呼んだ声音は、暗く沈んだ響きを取り繕うような透き通った色を持っていた。それが誰なのかはすぐにでも見当がついたから、包帯を弄っていた手を止めると扉の向こう側に立っているであろう彼に声をかけた。
「大丈夫よ。入って」
重厚な扉が開かれると、部屋に滑り込んできたのは白髪の少年だ。剃刀色の瞳はいっその事痛々しいまでに歪んでいる。アレンの不安そうな感情は表情を通して痛いほどに伝わってきた。彼は息を詰まらせるようにしてにそっと問いかける。
「具合は?」
「あと三日で復帰できるんですって」
「・・・でも、」
「そうね。あたし、アレンくんの戦いには足手まといだったでしょう?」
ごめんね、と呟きながらはそれきり口を閉ざした。力を持つのに、それを上手く扱えない自分自身に嫌気が差したこともある。それ以上に、彼の力になれない自分の無力さに腹が立っていた。同じ寄生型の適合者だというのに、彼と自分とはあまりにも違う。そう、彼と自分はあまりにも違う。そう思うと心が酷く痛んだ。俯いたの背に優しく掌を宛がいながら、アレンはそっと呟いた。
「でも、僕は・・・」
闇の底に沈んでいく自分の姿を思い浮かべながら、アレンは言い淀んだ。
「・・・ごめん。」
俯いた顔には赤赤とした斜陽と重なって、その表情が読み取れない。ただ、その声はやっと聞き取れるほどに頼りなく小さい。彼の心の底の底、一番大切な部分に開いた傷から、滴る血のように震えていた。は俯いた顔を上げ、今にも泣きそうなほどに張りつめたアレンを見つめた。ごめんに続く言葉の先を知りたかった。続きを促すようにして真摯な視線がアレンを射抜く。
「本当にごめん。僕はもう、これ以上大切な人を・・・」
先を続けようとしたアレンの唇にほっそりとした指を当てて、は微笑んだ。彼はまるで、叱られる事が判っていながら、家に帰るしかなかった子供のようだ。は静謐な微笑とともに、沈黙していたが、やがてその指はアレンの顎を伝い、彼の団服の胸元に光る薔薇十字―ロザリオ―に触れた。
「あなたの敵は私の敵、あなたと私は、同じ剣を握っているのよ・・・だからもう。独りで戦わないで」
傷痕
20090101@原稿発掘