雨は平坦な石畳に飛沫をあげて、水音を立てては鏡のような水溜りとなり稲妻を反射していた。空の断片がこの遥か下界の地上に舞い落ちてくる瞬間も、石畳に横たわったあたしはただ瞼に垂直に突き刺さる水滴に身を任せているしか出来ないでいる。でも雨が顔を伝い、やせ細った腕を伝い続けるところで、苦しみの大半部分は流れていこうとしていた。それと同様に、腹腔から流れ出でた生命の雫も石畳に溶け出していく。


「ねぇ泣かないで、ディーノ」

「馬鹿、泣いてねぇ」


微かに滲む視界の中、目の淵から熱く零れ落ちる液体を拭う事もせずに、ディーノは俯いた。その腕の中には、安堵したような表情を浮かべるあたしが居るはずだ。いや、でも少し泣きそうだわ。母親が子供をあやすように、そっと抱きしめあった背中を撫でる。愛しい気持ちを一杯込めて。彼はこれ以上、あたしの身体から血液が零れ落ちぬように、出血した部分を覆い隠すよう、着ていた上着を傷口に宛ててくれている。けれども、あたしの平常心は既に諦めを含んでいる。あぁ、だから泣かないで、ディーノ。どうしたら泣き止んでくれるの。


「ごめんね、ごめんねディーノ」


どんなに愛しく思っても、相手の生命までを手中に出来ないのがこの世界の理だ。微かに開いた口元から、唾液とは違う、酷い味の液体が流れ落ちていく。だから、あたしは、あたしの最期の瞬間に、あっちの世界への手土産に、彼が笑ってくれるように、あたしのエゴを突き通すしかない。あぁ、でも笑うなんて無理か。でもあたしは幸せだ。だって最期を迎える場所が冷たい石畳の上だけれど、愛する人に抱かれて死ねるのだから。


「行くなよ、」

「ディーノ」

「行かないでくれ」


あたしは手にしたこの人を、失わなくちゃいけないんだわ。喪うのはあなただけじゃないのよ、ディーノ。あたしもよ。でも、あたしは狡い女だから、あなたにあたしを永遠に刻み付ける方法を知っているわ。あたしにとっては刹那的でも、あなたにとっては違うでしょう?


「ねぇ、ディーノ」


指先の感覚が薄れてきたから、手を握るあなたの感触も薄れてくる。


「お願い・・・キス、して」













KISSをください

(だって灰になっても、手にするのは永遠)









20081203@原稿発掘