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空港での別れの日には、中学時代からの友人の数人は勿論、高校のクラブでの友人が駆けつけてくれ、ささやかに別れを惜しむことになった。それほど人数は多くないものの、夢を追いかけることを応援してくれる人がいることで、有希の胸は誇らしさで満たされる。自分はこれから、胸を張って行けると確信を持てた。少し離れた場所でそのざわめきを検分するように佇んでいた流風は、いつものように穏やかな笑みで有希の背を押した。中学時代の友人にしてみれば、見かけない顔である流風や高校のクラブのメンバーは少し距離をおいた場所に立っていたので、一通り話が終わった後、有希は流風に駆け寄った。
アメリカへと旅立てる喜びをかすかな余裕に変えて、有希は流風に告げた。
「私、ちょっと先に行って流風が種をまく下見をしてくるわ」
そうすれば、流風は驚いたように目を見開き、そしてややあってから表情を崩す。
「じゃあ、私は有希の下見が終わった頃に旅立つよ」
「お互い頑張ろうね」
頷きあいながら健闘を讃えあったところで、流風は手にしていた小さなバッグから一冊の本を取り出す。それは図書館で借りていた本でもなければ、流風がいつも読んでいた小難しい内容の本でもない。恐らくは有希が初めて目にする本だった。ブックカバーに包まれていないそれは、少し古びていて長い間大切に読まれていたのか装丁は型崩れしておらず、誇り高いほどに美しい。
本にそんな言葉をつかうなんて、変なのだろうが、有希の目には紛れもなくそう映ったのだった。そして流風は、その本を有希へまっすぐに突き出した。
「これ、私からの餞別」
「何?」
「急に思いついたから、ちゃんと包めなかったんだけど・・・暇つぶしに読んで」
「わかった。大事にする」
《モロッコ-Morocco-》と書かれた小説はどうやら映画から小説を書き起こしたものであるらしかった。アメリカに行くのに、何故にモロッコを選んだのか。見えざる意図が絡んでいるなどとは知る由もなく。栞代わりに、絵葉書が一枚挟まれていることに気がつき、有希は手に取ろうとしたがそんな暇はなかった。荷物はとうに預けたが、搭乗時間が迫っていた。慌てて手荷物のショルダーバックに小説を詰め込み、有希は顔を上げた。新天地を見据えなければ。
「じゃあ、私行かなきゃ」
異口同音に激励の声が響く中で、やはり流風は写真から切り抜いたように静かにたたずんでいる。
それが、有希が流風の姿を見た最後のことだ。